「ああ、この『オバァの家』感、たまんねぇなァ」
窓も扉も全部開けっ放しの畳の間で、O君が足を投げ出してくつろいでいる。ゴーヤーチャンプルーはまだか。
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目次
・オバァの食堂で
美ら海水族館を出た僕とO君は、駐車場を越え、偶然スマホ検索で見つけた、その名も「チャンプルー食堂」に向かって歩いていた。点々と並ぶ石敢當(『いしがんとう』:沖縄独特の風水に基づくまじないの一種)の傍を歩いていると、未舗装のサトウキビ畑の中に道が消えていた。こんなところに食堂があるのか・・・と怪しくなってきたあたりで、看板を見つけた。いかにも「家の前に観光地ができたので自宅を改装して店を開きました」的な店だった。普通に表札が掲げてあるんだもの。いかにもな「玄関」は当然開けっ放し。門柱にシーサーが鎮座しているあたりは、さすが沖縄。
「玄関」に入るとオバァが一人。居間には客が数人。厨房の中にオバァがもう二人。トイレの扉を開けると、奥の居間でうまそうに煙草を燻らすオジィが一人。いい御身分だ(笑)
海風が心地よい畳の居間で待つこと数分、これぞオバァ特製のゴーヤーチャンプルーが出てきた。おつゆはわかめスープ仕立てのお澄ましなのが沖縄の定食。いや、うまい。ゴーヤーはもちろん、もやし、島豆腐、ベーコンがよく絡み合っている。これで600円は観光地価格とは思えない。その証拠に、観光バスの運ちゃんも隣でゴーヤーチャンプルーをうまそうに頬張っていた。ウチナンチューも訪れる店なのだ。
O君は敢えてチャンプルーでなく、これも沖縄の定食の定番、同じく600円の「ポーク玉子定食」を注文。チャンプルー食堂なのにチャンプルー頼まないの?と聞くと、O君曰く「チャンプルーは東京を発つ前に食べてきたんですよ、気分を上げておこうと思って」…このあたりに経験値の差が出るな。こんがり焼かれたポークが旨そう。
偶然見つけた、家庭的を通り越して家庭そのものの食堂。記念公園前バス停からも、歩道橋を渡って駐車場に上がれば、歩いて5分程度と寄りやすい。記念公園を訪れる際には、ぜひおすすめしたい店だ。
チャンプルー食堂
0980-48-4131
沖縄県国頭郡本部町字石川392
https://tabelog.com/okinawa/A4702/A470202/47010352/
・脱ウチナータイム?定時運行の高速バス
バス出発15分前に店を出た。海岸から海風が吹きわたり、サトウキビ畑の中を歩くだけでも気持ちいい。これが「ざわわ」か、なんて。
「定刻に来ると困るので」早めにバス停に来たが、【65】本部半島線(今帰仁経由)は定刻15:08になっても姿を現さなかった。まあ、定刻に来るなんて思っていなかったけど。反対側の【66】本部港経由名護ゆきや、那覇ゆき高速バスが出るポールには10人程待っている人がいるが、那覇や名護から遠ざかる今帰仁方面を待っているのは僕らだけ。
そう思っていたら、同じく15:08発の【117】那覇空港→ホテルオリオンモトブゆきの高速バスが到着。なんだ、高速バスはウチナータイムじゃないのか。名護BT始発の【65】より距離はよっぽど長いのにな。高速バスだけは遅らせまいと必死なんだろうか。117番からはやはりレンタカーが苦手な外国人観光客が多く降りてきた。中にはスーツケースに小さな子供を抱えたファミリーもいて驚く。すごい体力だなあ。20人程の観光客を降ろし、117番は足早に去って行った。
それから待つこと5分、65番がやってきた。少々くたびれたワンロマ車に乗り込み、整理券を取る。やはり乗客は僕とO君の2人だけだ。
15:13、記念公園前発。沖縄バス【65】本部半島線、今帰仁経由名護バスターミナルゆき。
・マングローブ林を行く
中型ボディに固定のロマンスシートが並び、観光需要にも対応できるものの、乗っていたのはオバァとオジィが一人ずつ。うち、オジィは沖縄バスの帽子を被っていたので、おそらくはガイドか運転士かの便乗だろう。実質的な乗客はオバァ一人。
65番は本部半島付け根の名護バスターミナルを始発とし、本部半島西側の記念公園前、本部半島の北側にある今帰仁村(なきじんそん)を経由し、また名護に戻る経路を辿る。時計回りが65番、反時計回りが66番で、それぞれ1時間に1本程度の頻度がある。記念公園近くの「ホテルオリオンモトブ」までは117番高速バスが空港から直通するものの、今帰仁城址(尚巴志による本島統一以前、三山時代の『北山』の本拠)で知られる今帰仁村へは、65・66番に乗るほかないのであるが、土曜の午後にも関わらず65番は閑散としていた。さすがに記念公園前では何人かの観光客を降ろしたものの、さらに先へ向かう観光客はほとんどがレンタカーなのだろう。
ガタガタ国道をしばらく走ると、海岸に出た。しかしながら記念公園や瀬底島あたりの海とは異なり、海が白濁して見える。よく見ると、水面から松のような低木が顔を出している。おお、これがうわさに聞くマングローブか。マングローブというと、西表島のシーカヤックの写真で見るような、「鬱蒼と茂る」という枕詞がつくようなものを勝手に想像していただけに、こうしてバスも走る国道沿いの手が届くようなところに生えているとは思わなかった。しかも、一部分にあるとかそういう感じではなく、国道に沿って転々と続き、水面に枝を広げている。
屋我地島、古宇利島へ橋が架かったためフェリーが廃止され、このあたりを航行する船舶は小さな漁船くらいしかなくなった。スクリューで水面近くをかき回す船舶が減ったことも、恐らくは水流に弱いマングローブの成長に一役買っているのではないだろうか。大木があまりなく、低木が点々と続いていることも、ある時を境に育ち始めた証左だろう。
離島架橋は海洋環境の悪化につながると懸念されることもあるが、こうして岸辺にマングローブが点々と連なるのを見ていると、実はマングローブ育成には貢献しているんじゃないかという気がしてくる。マングローブの根っこは「海のゆりかご」とも聞く。漁業資源の回復にも貢献しているだろう。
海水にひたひたと浸かりながら、平べったく枝を伸ばすマングローブ。「海のゆりかご」のなせる業か、彼らをバスの窓からのんびり見ているだけでも、不思議と心が和むものだ。
・テーゲーなバスターミナル
「今帰仁城入口」から今帰仁城址を観光してきたらしいカップルが乗り込んだ以外、名護市街地に入るまで新たな乗客はなかった。ほとんどのバス停を通過していくため、乗務員さんはアナウンスのボタンを2~3回まとめて押しているくらい。このあたりの「テーゲー(=大概、たいがい)」っぷりも、沖縄の中でも田舎な空気ゆえか。
名護の手前で小さな山を越え、山を下りていく途中から市街地になってくる。市街地に入ったあたりから、オジィやオバァがぽつぽつと乗ってくる。ロードサイドのスーパーの駐車場も、軽自動車がぽつぽつと止まっているくらい。那覇や浦添あたりの、ビュンビュン車がカッとんでいく「クルマ社会」とはまた別物の「クルマ社会」の在り方を感じる。土を被って薄汚れた軽トラが、駐車ラインを無視して斜めに止まっていたり・・・なんというか、本島中南部とはまた違うユルい空気が漂っているのだ。
「名護十字路」でオジィオバァが何人か降り、国道58号に合流した「名護市役所前」でもさっきのカップルが降りた。市役所に向かい合って都市公園や沖タイ(沖縄タイムス)の支局が並んでいるあたり、人口二万とはいえ本島北部の拠点らしさを感じる。ほとんど渋滞に巻き込まれることもなく、広々と青天井が広がる名護バスターミナルへと、65番は滑り込んでゆく。遅れも10分足らずと、沖縄にしては優秀な部類だ(笑)
16:10、名護バスターミナル着。ここから先は、往路の120番と違い、東海岸の市街地を縫って走る77番に乗り換え、宜野湾市のホテルを目指す。
待合室の中にある売店は、なんとものんびりした空気。清潔感など知ったことか、という感じだ(失礼!)。屋外の掲示板にあるバス時刻表も手書きやマジック書きだったり、さらにはコピー用紙が画鋲で貼られているだけだったり(当然風雨に晒されるのでしわしわだ)、なんとまあテーゲーなこと。
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でも、青天井の下に佇むバスたちを見ていると、まあこれはこれでいっか、というおおらかな、いや、テーゲーな気分になってくる。僕はこのテーゲーを感じに、遠路はるばる沖縄まで来たのだ。
「テーゲーでいいさー」ってね。
(つづく)