九州・沖縄

【沖縄】バスで出会ったウチナーグチと外国人 – 琉球バス交通【120】名護西空港線(2) #2

目次

ウチナーグチとの出会い

「うまりじまぬ くとぅば わしぃねー くにん わしゆん。ちかてぃ いちゃびら しまくとぅば。」
沖縄を走るバスに乗っていると、120番をはじめ那覇市外線のみならず、那覇市内線でも時折こういったアナウンスが流れる。はじめは日本語とすら思わず、何か東南アジアあたりの異言語なのかとすら思ったくらいだったが、繰り返し聞かされているうちに(これが結構頻繁に流れるから驚く)、段々とそれが日本語であり、意味を持ったひとつながりのメッセージなのだとわかるようになってきた。あたたかなオバァ(ウチナーグチ=沖縄ことばで「おばあさん」の意)の口ぶりは、孫に語りかけるおばあちゃんのそれであった。
「生まれた島の言葉を忘れてしまうと、故郷のことも忘れてしまう。使っていきましょう、島ことばを」といった意味合いのウチナーグチであった。後で知った話だが、NHK連続テレビ小説ちゅらさん」でオバァ役を演じた、平良とみ(たいら―)さんの声なのだそう。御多分に漏れず、沖縄でも方言の衰退は著しい。しかしながら沖縄では「本土に追いつく」ことを旗印として、明治以来標準語が励行され続けてきた歴史があり、そう簡単に「島ことばを話せ」と言われても流れは変わらないのだろう。
バスで繰り返し流れる島ことばは、オバァの牧歌的な愛情に満ちているようで、実はこうした重いものを背負っているのかもしれなかった。

* * *

・外国人には路線バスが頼り

国道58号を走る120番は、宜野湾市の伊佐(いさ)で沖縄本島東海岸へと向かう77番等を分け、アメリカ文化を色濃く残す北谷(ちゃたん)町、広大な米軍基地を擁する嘉手納(かでな)町、日本一人口の多い村となった読谷(よみたん)村、リゾートホテルが集積する恩納(おんな)村へと進んでいく。
宜野湾市までは都市圏人口83万を擁する那覇都市圏に含まれるが、北谷町からは外れるため、那覇の空気というか、都会の空気もだんだん薄れてくる。それと同時に、旅行者が求める「沖縄っぽい景色」もぽつぽつと表れ始める。逆に言えば、本土のそこらの県庁所在地よりも那覇の景色はよほど活気があり、沖縄っぽい景色は首里城くらいのものだろう。国道58号をはじめとした幹線道路沿いに中高層のマンションや、ロードサイド店舗が延々と連なる光景は、沖縄っぽい景色とはかけ離れている。この「ファスト風土」的な空気が延々と連なることこそ、「那覇空港からリゾートまでが遠い」という印象を与えているのかもしれない。

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那覇空港から1時間半ほど経ち、恩納村まで来ると、さしもの国道58号も片側一車線の典型的な田舎国道になる。それと同時に、ヤシの木に白い砂浜といった、誰しもが思い描く沖縄のビーチが車窓いっぱいに広がってくる。
ルネッサンスホテル前」「ムーンビーチ前」といった、リゾート施設そのものを冠したバス停も現れ始める。そういったバス停では、外国人観光客の乗り降りが目立つ。異国でのクルマの運転には、ライセンスの取得をはじめ色々な手間がかかるし、特に右側通行の国からの観光客の場合、左側通行の日本の運転になじめないということもあるだろう。120番は那覇空港那覇市街地から名護までを(時間はかかるが)ダイレクトに結び、30分間隔という地方にしては高頻度運行であることもあり、外国人の利用も一定数あるのだろう。「那覇空港に着いたらまずレンタカー」が定着している日本人観光客よりも、外国人観光客のほうがバスで沖縄をめぐる率は高そうだ。
その外国人観光客に対しても、乗務員さんは「はいはい、こんにちは」と迎え入れる。外国人にとっても、ヘタに「ハロー」とか言われるよりもいいのかもしれない。歓迎のあいさつであることくらいはわかるだろう。

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「ブセナリゾート前」は、2000年の九州・沖縄サミットの会場の一つであった万国津梁館(ばんこくしんりょうかん)の最寄り。万国津梁とは、首里城正殿にあった「万国津梁の鐘」に由来し、中継貿易で栄えた琉球王国のあり方、すなわち「国と国との懸け橋となること」を説いたものだ。サミットの目的と地域性が見事に合致した、良いネーミングであると思う。
その部瀬名岬を過ぎたあたりから、湾の奥に名護市街地が見えてくる。沖縄本島のほぼ中央の尾根を縦断するようにたどってきた沖縄自動車道の終点、許田(きょだ)インターがほどなく合流すると、那覇空港から2時間半を経て、いよいよ名護市街地へ入ってゆく。
沖縄道経由の高速バスなら1時間半程度で着くのだが、尾根をたどる沖縄道からは海が全く望めない。その点、120番であれば沖縄ならではの青い海の景色を存分に楽しむことができるのだ。

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・ウチナータイムとの戦い2

「まずいな。これ以上遅れると、次のバスに間に合わないかもしれない」
名護に着く達成感もそこそこに、僕とO君はまたしてもやきもきしていた。次に乗り換える65番・本部半島線(もとぶ―)との乗り換え時間を13分とっていたのだが、許田インターのあたりで10分以上遅れてしまっていたのだ。120番で終点の名護バスターミナルまで行ってしまうと、65番には間に合わない。65番は名護バスターミナルを始発とし、名護市街地をぐるっと回ってから、沖縄美ら海水族館で知られる海洋博記念公園方面へ向かうため、120番と65番がクロスする「北部合同庁舎前」での乗り換えなら13分の乗り換え時間を取れた。13分あれば乗り換えられるだろうと思っていたのだが、名護を手前にして10分以上の遅れ。
ここまで目立った渋滞に巻き込まれた覚えもないのだが、原因は言うまでもなく、ウチナータイム。乗務員さんから遅れを伝えたり、あまつさえ謝罪など、あるはずもない。10分以上遅れて到着するにもかかわらず、途中のバス停からの乗客に対し、乗務員さんは相変わらず「はいはい、こんにちは」である。10分の遅れなどウチナータイムの世界にかかれば、遅れのうちには入らないということか。次に乗り換える65番は始発の名護バスターミナルを出たばかりであり、そう遅れるとは思えないから、やきもきが募る。しかしながら、窓いっぱいに広がる青い海を見ていると、「まあ、いっか」という気持ちにもなってくるから、不思議なものだ。

「名護のひんぷんガジュマル」を過ぎると、いよいよ名護の中心街。ひんぷんとは屏風のことを指し、ガジュマルとは種子島屋久島以南に分布する樹木の一種で、名護市の木にもなっている。道の真ん中に生えており、沖縄特有の台風に伴う突風を除けるとともに、風水上の魔除けにもなっている。幹や枝が複雑に絡まりあいながら天へと伸びているガジュマルは、いかにも南の島の木らしい。
あまり活気を感じられない名護の商店街をしばらく走り、県の出先機関である「北部合同庁舎前」に着いたのは、定刻10分遅れの14:39であった。祈りが何かに通じたか、遅れは13分以上にはならず、ほっと一安心。その合同庁舎はどっしりとした構えで、「おきぎん」の字も見える。降りたのは僕らだけで、外国人観光客やわずかな地元客、合わせて10人程の乗客は、5分ほど先の終点、名護バスターミナルまで行くようだ。

14:39、北部合同庁舎前着。

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・産業盛んな本部半島

14:42、北部合同庁舎前発。

琉球バス交通【65】本部半島線、渡久地(とぐち)廻り、名護バスターミナルゆき。

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予想通り、65番は遅れることなく、定刻14:42にやってきた。韓国人のカップルが僕らより先に65番を待っており、4人で乗車。行先は「65 屋部・本部・今帰仁 名護」としか書いておらず、「記念公園経由」「瀬底経由」とダッシュボードに添えてあるだけで、例によっていまいちわかりにくい。記念公園=沖縄美ら海水族館であることも、知らなきゃわからない。65番は本部半島を右回りに一周、66番は左回りに一周するのだが、少なくとも始発を出たばかりの名護市内で「名護ゆき」としてやってくるのは不親切だ。
ともあれ、本日の最終目的地「瀬底(せそこ)」に向け、65番は本部半島へ向けて走り出した。

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本部半島は意外と産業の香りが濃く、山側の窓にはセメント工場や採石場が広がる。「セメント工場前」なんてバス停もあるくらいだ。サミットに合わせて整備されたらしい、片側二車線の立派な国道449号をたどるのかと思いきや、一本山側の旧国道らしき県道をそろそろと走っていく。こうした旧道のバス停で地元のオジィオバァが降りていく。オジィオバァが65番のお得意様だから、そうやすやすと経路変更もできないのだろう。美ら海水族館やその先のリゾートホテルまで直行する高速バスは当然国道経由になっているから、65番との役割の差は明確だ。ただ、こうした状況が地方の路線バスの遅さの原因でもある。

名護から20分ほどで「本部港」バス停に着く。本部港からは伊江島ゆきのフェリーが出ていて、30分ほどで着くという。周囲にはスーパーやタクシー会社もあり、ちょっとした街になっている。65番からも、伊江島に向かうらしい買い物帰りのオジィが一人降りた。

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・瀬底島へ渡る

本部港を過ぎると、大きな白い橋が見えてくる。この橋を渡ると、本日の最終目的地、瀬底島に到着する。沖縄にはこうした「離島の離島」を結ぶ橋がいくつもあり、こうしてバスが乗り入れていることも珍しくない。瀬底島には65番を含めて1日4往復のバスが乗り入れており、65番は瀬底島中央部の「瀬底」で転回して、引き続き記念公園方面へと運転を続ける。支線の終点という扱いではなく、立ち寄りの形になっているのが興味深い。名護方面から記念公園方面へ乗り通す乗客にとってはロスになるが、そこは沖縄のなせる業か、そんなに目立った問題にはならないらしい。

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瀬底大橋からは、今までに見たどの海よりも清らかな海が見渡せた。その先には、伊江島が浮かんでいる。のんびりと走るバスに身を委ね、この雄大な景色を見渡す。なんと贅沢な時間であろうか。本部半島にもまして交通量が少ない瀬底島を走ること5分、65番は「瀬底」に到着した。

15:15、瀬底着。

那覇空港から、3時間15分。

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バス停脇の転回場を通って65番が記念公園方面へと走り去ると、そこには風が吹いているだけ。

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(つづく)