「わぁ――、おーっきいさぁ~」
ジンベエザメの大水槽の前で、小さな女の子が感動の驚きを口にする。
沖縄式アクセントに彩られた女の子の口ぶりからは、不思議と南国らしい優しさが感じられるのは何故だろう。
* * *
僕が初めて来沖したのは16年前、2003年8月。夏休みの家族旅行だった。実はこの年の8月10日にゆいレールの開業を控えており、あと10日遅かったらゆいレールの一番列車に乗れたのに・・・と、そうとは知らず夏休み沖縄旅行の日程を組んでしまった父を激しく罵った記憶がある。
それはさておき、家族旅行であるからには当然レンタカー観光であり、そして旅行の最大の目玉が沖縄美ら海水族館だった。開館は2002年11月と、訪問当時1年も経っていなかったこともあり、今を時めく話題の観光スポットだった。大水槽を悠然と泳ぐジンベエザメに心躍らせ、夏休みの自由研究として意気揚々とクラスで発表したのも記憶に新しい。資料用に買った水族館公式のガイドブックは、今でも我が家の本棚に収まっている。
それから16年。大人になった僕は、再び沖縄美ら海水族館を訪れることになった。今の僕は、同じ施設を見学して、どう思うだろう。この16年で、水族館はどう変わっただろう。それを見るのが、とても楽しみだった。
ゲート前に着いたのは10:30頃。この後は記念公園前15:08の【65】本部半島線今帰仁経由名護BTゆきに乗る予定であったので、見学の時間は3時間強を見込んでいた。さすがに沖縄屈指の観光スポットだけあって、午前早目に到着したものの、ゲート前はそこそこ賑わっていた。外国人観光客の姿も見えるが、ここだとやはり日本人の方が多い。外国人の方がよりリゾート志向が高いのだろう。
ヒトデやナマコに触れられるタッチプールはちびっこに大人気。ここはそこそこに通り過ぎ、まず目を奪われたのはサンゴの大水槽。
目次
・ウチナンチューはサンゴに無関心?
生きているサンゴを、これほど大規模に展示している水族館は他にないだろう。色とりどりのサンゴ礁のなかを、熱帯の色に彩られた魚たちがすいすいと泳いでいく。この水槽を見れば、誰でも癒しの感慨や、美しさの感動を覚えるはずだ。これほど大規模なサンゴの展示が可能になったのは、1日12ターンも水槽内の海水を水族館沖で取水した新鮮な海水と入れ替え、環境の変化に敏感なサンゴが順応できるようになっているから、だそう。この美しいサンゴを見て、この素敵な海を汚すようなことはしてはいけない、と思うのは確かだ。
しかし、現実にサンゴのおかれた状況はいまだ厳しいという。ただ、それでもなお、当の沖縄県民はサンゴの危機に無関心なのだとも聞く。なぜなら、海に入ったことのない沖縄県民がかなり多く、従って多くの県民はサンゴを見たことがないから、なのだそうだ。どういうことだろうか。
沖縄県は公立小中学校のプール設置率がいまだ低く、70%程度に留まる。同じように離島を多く抱える鹿児島県が80%程度、長崎県も70%程度であり、離島ゆえの水資源の厳しさが伺える。沖縄県よりも設置率が低いのは北海道(35%)と青森県(55%)の2道県しかない。つまり、波打ち際での水遊びはできても、泳げない沖縄県民が多いということになる。O君も「沖縄の人は足が立たないところへはまず行かないですね。波打ち際で遊んでいる印象です。浮き輪や浮袋を使って浜から遠ざかるのは大抵県外からの観光客ですね」と話していた。そのような状況なのだから、シュノーケリングやダイビングを通して、サンゴに慣れ親しむウチナンチューなどかなり限られた存在になってしまう。
沖縄の子供は「海は怖いところだから、近づかないように」と大人から教わるのだという。波にさらわれるなどの海難事故はもちろん、クラゲに刺されたり、あるいは夜の浜辺では治安の問題もつきまとうからだろう。僕が思っていたよりも、現代ウチナンチューと海の距離は遠いもののようだ。東京都民が東京タワーやスカイツリーに案外行かない、という話と似たような構図もあるのかもしれない。
つまり、大多数の沖縄県民にとって、サンゴはメディアを通して見るものであり、「サンゴを守りましょう」と言われても、自分の話として捉えることができない以上、保護活動も盛り上がらないのだ、という。確かにそうだろう。東京都民であれば、「埋立地が満杯になりそうなので、ゴミの減量に努めましょう」と言われたところで、実感が湧かないのと同じだろう。だって、集積所に出しておけば今までと変わらず持って行ってくれるんだもの。
その点、生きたサンゴを大規模に展示しているこの水族館は、県外からの観光客に沖縄の海の美しさを伝えると同時に、沖縄県民に対しても「私たちの周りの海にはこんなに美しい景色が広がっているんですよ」という、教育的メッセージを発しているというわけだ。
1日12ターンという海水の入替回数は、水族館のすべての水槽の中で最も頻度が高い。水槽内では毎年サンゴの産卵が見られるという。それだけクリアな環境なのだ。その手間をかけてこれだけの展示を行う理由は、単なる観光の目玉なのではなく、海への親しみが案外薄い県民に対し、大きな説得力を持たせたかったということもあるだろう。
多くの人を惹きつけてやまないサンゴの大水槽。その影で、実は強いメッセージ性を帯びているのかもしれない。
・ジンベエザメとコバンザメ
いまや沖縄観光のもっとも代表的なシーンになった、ジンベエザメが泳ぐ「黒潮の海」の大水槽。長さ35m、幅27m、水深10m、容量7,500tという容量は国内最大、世界でも第4位につける。ちなみに、世界最大の水槽はアメリカ・フロリダ州のディズニーワールドのもので、容量は22,000tという。さすがアメリカ。
体長8mものジンベエザメが悠然と泳いでいるのを見れば、「わぁ――、おーっきぃさぁ~」と思ってしまうのは、僕らも同じだ。
ジンベエザメの大きさには及ばないものの、それでも5mはありそうなマンタの姿にもなかなか愛らしいものがあって、ずっと見ていたくなる。それらに比べれば小さな(といっても1m近くあるのだが)アジは、寄り集まって大きな魚のような集団をつくっている。
ふと見ると、水面近くを泳ぐ1匹のジンベエザメのおなかに、コバンザメが3匹もくっついている。
コバンザメが3匹もくっついていたらさぞ鬱陶しかろうと思うが、当のジンベエザメは全く意に介していない。なんでも、ジンベエザメはとてもおおらかな性格の持ち主で、ダイバーがつかまったりしても気にしないのだそう。
コバンザメは頭の上部に吸盤を持ち、これを使ってジンベエザメやウミガメにくっつくそうだが、これだけ大きな体を持ち、振り払うこともせず悠然と泳ぐジンベエザメは、まさにコバンザメにとって理想的な存在。
コバンザメにとっても、海面近くで一日中オキアミやプランクトンを摂取し続けるジンベエザメにくっついていればまずエサに困ることは無いし、ジンベエザメにとってもコバンザメがいることで体表面に老廃物が溜まることを防いでくれたりして、お互いにとって何かと都合がいい。一方的な寄生関係ではないのだ。
2~3匹のコバンザメがくっついていても全く気にせず、悠然と泳ぐジンベエザメ。
ジンベエザメのおこぼれにあやかりつつ、お肌のケアも怠らないコバンザメ。
「黒潮の海」をゆったりと泳ぐ彼らを見ていると、なんだか理想的な人間関係の在り方を教わっているような気になってくる。魚たちに学ぶことも、また多いものだ。
・大盛況の「レストラン イノー」
まだまだ書き足りないことは山ほどあるが、このままだとバスに乗れなくなってしまうのでやむなく割愛。ともかく、満ち足りた気持ちで水族館を後にする。大きい魚や珍しい魚を見た!!…という単なる感動でなく、彼らから教わるべきことは何だろうかと、水族館の持つ教育的機能についても思い至ることができたのは、16年越しの成長の証だろう。
昼食はぜひとも水族館併設の「レストラン イノー」(※イノー:浅瀬や潮溜まりなどの沿岸を指す沖縄語)自慢のランチバイキングを食べたかったが、土曜の食事時とあって45分待ちの盛況であった。バス出発まで一時間半を切っていたこともあり、断念。
いい店は無いか・・・とスマホを手にすると、「チャンプルー食堂」なる店が公園の駐車場裏にあるという。いかにも個人宅を改装したような、いい雰囲気の店じゃないか。ここにしよう。
【65】今帰仁経由本部半島線の発車まで、あと一時間半弱。
反対側の【66】本部港経由名護ゆきや、那覇ゆき高速バスが出るポールには10人程待っている人がいるが、那覇や名護から遠ざかる今帰仁方面に乗る人は、僕ら以外にいるだろうか。
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(つづく)