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【三重】松阪牛の回転焼肉?…神都バスで行く内宮──三重交通【51】【55】外宮内宮線 #15

目次

・夕飯に困る宇治山田

宇治山田は、伊勢神宮鳥居前のイメージとは裏腹に、夕飯に困る街だった。というのも、大多数の観光客は旅館やホテルで夕食を食べるし、伊勢名物の伊勢うどんにしても赤福にしても夕飯に食べるものではないから店じまいが早いし、伊勢海老に代表される海産物にしても鳥羽や鵜方といった港町で食べる方がよほど旨いしで、宇治山田周辺で夕飯を出してくれる店のレパートリーが本当に乏しいのだ。選ばなければ店はあるが、せっかくだから地場のものを気軽に食べられるような店に入りたい。というわけで、18きっぷの強みを生かし、伊勢に着いたその日のうちに、再び参宮線に揺られることにした。目指す先は松阪。そう、三重県といえば松阪牛!牛肉といえば焼肉!という単純な発想だ。

17:52、伊勢市発。JR参宮線快速みえ24号名古屋行き。途中停車駅は下り鳥羽行きと行き違う多気の5分停車のみで、松阪へは24分後、18:16に到着。

f:id:stationoffice:20180603235658j:image再び快速みえに揺られて松阪へ

f:id:stationoffice:20180603235500j:image多気ドクター東海ことキヤ95系と交換。思わぬ珍客との遭遇

しかし参宮線はここでも近鉄に対して分が悪い。伊勢市を2分後、17:54に出る近鉄特急なら僅か14分後の18:08に着いてしまうし、18:08発の急行でも15分後、18:23に着いてしまう。多気の5分停車が無かったとしても参宮線快速みえは19分を要し、24分もかかっていては待避なしの近鉄普通とほぼ同じ。運賃も近鉄の400円に対して410円と、参宮線の方が10円高い。18きっぷが使えたり、新幹線と通し運賃にできる以外はやはり参宮線のメリットは少ない。伊勢市18時発では東京到着が21時を過ぎるし、観光の帰着時間帯を外した上りの快速みえはいかにもガラガラ。京都・大阪へは近鉄が直通とあって、やはり快速みえの生きる道は二見浦、多気鈴鹿および紀勢本線尾鷲方面など、近鉄が直通しない各駅と名古屋、そして東海道新幹線へいかにスピーディーにリレーするかにかかっている。

しかしながら多気での紀勢本線と快速みえの接続は概して悪く、1日4往復・名古屋直通の特急南紀ですらも松阪で近鉄に乗り換えてしまう乗客が少なくないという。幸い、単線区間が多いなかでも快速みえはほぼ1時間1本のパターンを確立しているので、JRのメリットである尾鷲方面の接続にはもっと気を使うべきだろう。特急南紀ばかりでなく快速みえ+紀勢本線普通も使えるようになれば、そもそもの本数が少ない(特急と普通を足してようやく1時間に1本程度)紀勢本線の利便性向上にも繋がる。

・松阪名物「回転焼肉」を味わう

日本一の牛肉のまちにして、現在の三越の源流たる越後屋の祖、三井高利を生んだ伊勢商人のまちとして名高い松阪市だが、駅前の雰囲気はお世辞にも活気があるとはいえず、有り触れた地方都市の駅前のそれであった。三越のふるさとではあるが百貨店は今の松阪には無く、最後まで百貨店の灯を守った三交百貨店松阪店も2006年にその歴史に幕を閉じた。ただ、駅前からして焼肉の香ばしい香りが漂い、焼肉だけでなく牛鍋(すき焼きではない)、しゃぶしゃぶといった牛肉料理の店が、駅前通りを外れた路地裏にも点々と店を構えているあたりは、いかにも「牛肉のまち」である。

ちなみに「松阪牛」は「まつざかぎゅう」との呼び方が定着してしまっているが、正しくは「まつさかうし/ぎゅう」と読む。地名も「まつさか」であり、「まつざか」「松坂」は誤記、誤読なので、現地へ行かれる際は要注意。

ただし、松阪駅近傍の「松坂城」は「坂」の字を使うように、江戸期以前は「松坂」であり、「まつざか」「まつさか」は混用されていた。これは大坂→大阪への改名と同じ理由で、「土が反る」「士が反する」に繋がる「坂」の字を、明治期に「阪」の字へ変更したことによる。武士の失脚という世相を反映したものと言えよう。

名古屋のデパートは「松坂屋(まつざかや)」であるが、これは松坂屋の前身、「いとう呉服店」が江戸の呉服店松坂屋」を買収し、江戸市中での知名度が高かった屋号を引き続き用いたことによるもの。江戸の松坂屋の由来は創業者の出身地が伊勢松坂であったことによるもので、一周回ってルーツを伊勢松坂に求めることはできるが、これも「まつさか」「まつざか」「松阪」「松坂」の混乱を招いている一因であろう。

f:id:stationoffice:20180603235815j:imageMATSUSAKA」であって「まつざか」ではない

松阪駅から歩くこと10分、「一升びん 宮町店」が今回のお目当て。こちらは駅の裏手にあたり、表口にあたる市街地に「本店」「平生町店」があるものの、こちらは通常のスタイルであり、「回転焼肉」は宮町店ならではなのだという。

席に座ると、一人用の網焼きが目の前にあり、透明の保冷ケースの中を色々な肉が右から左へと流れていくという、何ともユーモラスな光景が広がっていた。目当ての肉が来たら、ボタンを押すとケースの蓋が開くので、あとは回転寿司の要領で皿を取っていく。ほか、ライスやスープ、飲み物は店員さんをボタンで呼び出し、持ってきてもらうスタイルだ。

f:id:stationoffice:20180604001611j:imageこれが松阪名物「回転焼肉」ちょっと頼みづらい部位でも目で見て取れるのが新鮮
f:id:stationoffice:20180604001603j:image極上の松阪牛。最高級皿でも1,000円と非常にリーズナブルだ
f:id:stationoffice:20180604001607j:image目立つ看板と香ばしい匂いが道行く人を誘う

極上の松阪牛を、最高級の皿でも1,000円で食べられる。筆舌に尽くしがたい感動が、網の上で香ばしい匂いを上げている。これ以上の記述は蛇足だろう。三重といえば松阪牛、牛肉といえば焼肉。松阪駅からも近いので、鉄道旅でもオススメの名店だ。

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・内宮鳥居前:宇治を歩く

翌朝、伊勢市駅前のバスターミナルへ再びやってきた。今日はここから例の「神都バス」に乗り、いよいよ内宮へ向かう。内宮参拝を終えた後は鳥居前町の宇治を歩き、神宮徴古館(ちょうこかん)を見学する予定を立てていた。神宮徴古館が何たるかは後述する。

伊勢市駅前から内宮へ向かう三重交通バスは、2系統併せて日中10分間隔と極めて頻発。【51】徴古館前(御幸道路)経由は所要20分で、伊勢市内の市街地を経由していくため、毎時4本が設定されている。一方、【55】庁舎前(御木本道路)経由は所要13分で、外宮と内宮をほぼ直線で結んでいるが、経由地に乏しいために毎時2本のみ。それぞれ役割が違うが、内宮前行きであることに変わりはないので、観光地のバスにありがちな時刻のバラつきや経由地の複雑さといったわかりにくさがない。長年参宮客を迎えてきた三重交通ならではの、外来の者にも利用しやすいバス網が築かれている。

  • [伊勢市駅前10:21~16:21 内宮前行きバス発車時刻]
  • 01 【51】徴古館前(御幸道路)経由 内宮前行き
  • 11 【51】徴古館前(御幸道路)経由 内宮前行き
  • 21 【55】庁舎前(御木本道路)経由 内宮前行き
  • 31 【51】徴古館前(御幸道路)経由 内宮前行き
  • 41 【51】徴古館前(御幸道路)経由 内宮前行き
  • 51 【55】庁舎前(御木本道路)経由 内宮前行き

f:id:stationoffice:20180605194513j:image神都バスは時刻表でも緑色で書かれており、一般バスとは明確に区別されている

f:id:stationoffice:20180605194604j:image駅前バスターミナルで時間調整するバスたち

やや早めの9:25頃、伊勢市駅前バスターミナルの10番のりばに立つ。駅舎内でも「伊勢神宮行き」として大書きされ、駅舎直結で雨に濡れない一番いい乗り場である。しばらくすると、下調べ通り、三重交通自慢の神都バスがやってきた。普通のバスが屯しているなかで、見た目がまんま昔の路面電車である神都バスはいかにも目立つ。登場当初は一般バスとは一線を画す別格の扱いを受け、追加料金を払わないと乗れなかったが、現在は一般バスと同じダイヤに組み入れられ、特別料金は不要になった。ただ、神都バスが運用されるダイヤは固定であり、HPでも公開されているので、狙って乗ることもできるのはありがたい。一般バスと全くの共通運用だと、10分間隔の中にあっては、運営が良くないと遭遇できないし。

9:36、伊勢市駅前発。三重交通バス【51】徴古館前経由内宮前行き。

f:id:stationoffice:20180605194852j:image屋根のアールがいかにも昔の電車らしいが、現代らしくちゃんとノンステップバス
f:id:stationoffice:20180605194856j:imageレトロモダンを感じさせる車内

伊勢市駅前出発の段階で、車内には参拝客が10名ほど。外宮前で3名ほど乗せ、座席が程よく埋まる。外宮から内宮への乗車は、伊勢神宮参拝のしきたりに沿ったルートだ。途中バス停での乗降は午前中とあってあまりなく、9:56に内宮前到着。

内宮前は国道の突き当たりとあって全てのバスが折り返すため、小さなバスターミナルになっている。また、多くの参拝客が利用するため、バス停を取り囲むように飲食店や喫茶店が発達している。多くの参拝客が内宮参拝と同時に向かう「おかげ横丁」とは少々離れており、おかげ横丁の方は観光に特化した設えになっているが、こちらはあまり洒落っ気はなく、機能的な店舗が目立つ。昨日松阪まで足を伸ばして訪れた「一升びん」の支店もあるが、内宮の厳かな雰囲気と違って、やはり周りに合わせてか、そうなってしまうのか、大衆酒場的な雰囲気。バス待ちの間にサッと利用できるようになっているのだろう。

内宮前を途中経由地とするバスはないため、多数のバスがバラバラのタイミングで到着してくるのを全部受け止めるべく、降車バースが多数用意されている。一方、【51】【55】がきれいな10分間隔で宇治山田駅伊勢市駅へ発車していくのをはじめ、発車時はある程度タイミングを分散できるために乗車バースは絞られていて、人の流れを単純化する工夫がなされている。駅へのバスがあちこちから発車するようでは、観光客にとっては不親切になってしまう。ここでも、長年参拝客を迎えてきた経験が役に立っているのだろう。

f:id:stationoffice:20180605200719j:image内宮前に到着。多数の到着バスを捌けるよう、到着したバスは縦列に並ぶ
f:id:stationoffice:20180605200715j:imageデザインの規制が緩いリア部分は更に電車に近い雰囲気。ダミーのドアまである
f:id:stationoffice:20180605200724j:image道自体が内宮に突き当たって終端であることがよくわかる
f:id:stationoffice:20180605200729j:imageいかにも鳥居前といった雰囲気は、ここでも意外と薄い

バスを降りると、目の前が宇治橋宇治橋五十鈴川を渡ればそこは内宮であり、いよいよ天照大神の領域である。20年に1度の式年遷宮では鳥居から何から何まで建て替えられるが、宇治橋も例外ではない。ただ、宇治橋の架け替えは式年遷宮の4年前とされており、これは1949年に予定されていた式年遷宮が戦後の混乱のため4年延期となったのに対し、「宇治橋の架け替えだけでも」という地元の声により、宇治橋の架け替えだけが予定通り執り行われたことによるもの。以来、式年遷宮の4年前に宇治橋の架け替えが行われるようになり、「宇治橋が架け替えられると式年遷宮が近い」という機運が生まれるようになったのだという。

f:id:stationoffice:20180605201538j:image宇治橋を渡ると内宮の敷地。神域と此岸は明確に分けられている

f:id:stationoffice:20180605201548j:image清らかな五十鈴川を渡る。見事な桜が咲いていた

f:id:stationoffice:20180605201609j:image美しく手入れされた「神苑
f:id:stationoffice:20180605201552j:image静寂が神々しさをより高める
f:id:stationoffice:20180605201616j:image先程渡った五十鈴川の流れで手と口を清める。手水鉢の原点だ
f:id:stationoffice:20180605201621j:image本殿は拝殿の奥であり、ここでも一般人は直接見られない
f:id:stationoffice:20180605201533j:image心身を清めて再び宇治橋を渡り、浮世へ戻っていく

伊勢神宮には、神社仏閣でありがちなおみくじがない。このことは伊勢神宮の公式でも触れられており、「八百万の神々の中で最も高位である天照大神のもとへ参拝に来た者が『大吉』にならないわけはないから」なのだそう。つまり、参拝しさえすれば全員大吉なのだ。おそるべし天照大神

参拝の途中、「宮内庁関係者が参拝するので一般の参拝者は道を左右に空けるように」という指示が神宮衛士(じんぐうえじ)から発せられる場面があった。まさに時代劇の「下に、下に」さながらである。意外にも洋装の神宮衛士が道を整理すると、これまた意外にも洋装の宮内庁関係者が神宮衛士の護衛を受けながら、拝殿へと向かっていった。様子を観察していると、拝殿の戸が開かれ、一般参拝者よりも一段階奥から本殿に向かって祈願する宮内庁関係者の様子が見られた。興味深そうにその様子を見物するばかりであった一般参拝者であったが、それを仕切る衛士の方曰く、「宮内庁の方が参拝されるのは、皆様のご家庭の神棚やお仏壇に皆様が拝み、日頃の報告などをなさるのと同じですから、何も特別なことではないのです」という。なるほど、スケールが大きすぎて実感に乏しいが、伊勢神宮そのものが皇室にとっては「家庭の神棚」と同じなのであり、御先祖様たる天照大神へのメッセージを、皇室の方々の代わりに宮内庁の方がお届けしているに過ぎないのだ。だから事前告知も一切なし。伊勢神宮にとってはあくまで日常の出来事なのだろうと、妙に納得したのであった。

・参拝客で賑わうおはらい町、おかげ横丁

再び宇治橋を渡り、内宮前バス停に戻ってきた。宇治橋を背にして左は先ほどの内宮前バス停であるが、参拝客の流れは明らかに右へ向かっている。右へ向かえばそう、これまた古くから参拝客を迎えてきた鳥居前町・宇治の本拠たる「おはらい町」、その中心にあるのが赤福の本拠たる「おかげ横丁」である。

f:id:stationoffice:20180606183452j:image美しく修景が進んだおはらい町通り。江戸時代の景観が蘇った

おはらい町とは、「お祓い」のために伊勢へやってくる参拝客の相手をする店が連なっていたことから、お伊勢参りが一般にも広まった江戸期にそう呼ばれ始めたことによるもの。また、お伊勢参りは「おかげ参り」とも呼ぶ。これは八百万の神々の「おかげ」で生かされている御礼を、八百万の神々の最高位である天照大神へ伝える参詣である──という意味合いが込められている表現だ。おはらい町の真ん中にあった赤福が、戦後の観光客の流れの変化で落ち込んでいたおはらい町を復活させるべく修景に取り組んだ際、赤福が運営する範囲に、その「おかげ参り」に訪れた人々を迎えるという意味合いで「おかげ横丁」の名を付けたというわけ。従って、本来は鳥居前通り全体を「おはらい町」、その中で赤福が運営する範囲を「おかげ横丁」と呼ぶのであるが、両者は明確な境もなく鳥居前通りとして一体化しているため、混同されることも多い。

f:id:stationoffice:20180606183416j:imageおはらい町通りの中心、赤福本店

平日ではあったが、道幅の余裕があまりないこともあって、おはらい町通りは参拝客でごった返していた。その中でも中心となるのが、江戸時代からの灯を守る常夜灯と、その目の前にある赤福本店である。ここでは通常見られる箱入りの赤福のほか、その場で食べる用に皿に乗ったものや、季節の赤福など、本店をはじめ赤福の各店では様々な赤福を提供している。なかでも正月以外の毎月1日のみ振舞われる朔日餅(ついたちもち)は、赤福本店ならではの名物となっているそう。遠方に住んでいるとなかなか朔日餅に触れる機会はないが、一度は御目にかかりたいもの。

歩きっぱなしで少々くたびれたので腰掛けに座り、桜の季節ならではの「赤福のおしるこ」を注文した。赤福といえば、その名の通り赤みがかかった甘めのこしあんが印象的だが、それをそのままおしるこにしたような感じ。液体なので口いっぱいに赤福ならではの甘みが広がり、歩き疲れた身体に染み渡ってゆく。

f:id:stationoffice:20180606183746j:image香ばしく焼かれたお餅が赤福の甘みを引き立ててくれる
f:id:stationoffice:20180606183750j:image店先で楽しむ赤福はひときわ美味

昔の旅人も、きっとこうして店先で赤福を楽しんでいたことだろう。時を超えた出会いが神宮の外でも待っているのは、なかなかに愉快だ。

(つづく)