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来間島へ寄っても「いいんじゃない?」
乗務員さんはサングラスをかけた沖縄のアンマー(お母さん)。浅黒い肌に、スポーツスタイルのサングラスが実にキマっている。アメリカ映画のワンシーンのような、ラフなスタイルだった。
「こんにちは。どちらまで?」「平良港まで行きます」「来間島のほう寄ってから行きますけど、いいです?」
真っ直ぐ行けば20分程度のところ、来間島と嘉手苅の2つの支線を経由していくため、このバスは45分を要する。ただ、待ったところでその他のバスが通るわけでもなく、タクシーに乗らない限り、遠回りだろうが乗るしかない。「ええ、お願いします」と答え、バスへ乗り込んだ。
運賃箱はあるが使われている様子はなく、投入口はおろか両替機すらガムテープで口が塞がれている。整理券発行機もない。バス停を出ても「次は●●」と放送がなされるわけでもない。そして、例によって乗客もいない。ここまで「ない」が続くと、心配になってくるレベルだ。
東急ホテルからの県道235号が合流してくると、一応はホテル最寄りとされる上地南に着く。1日6便しかないが歩道にバスベイが切り込まれており、渋滞の原因とならないよう配慮されている。クルマ社会ならではの道路整備と言えるかもしれないが。
その上地南から、意外にも(ちょっと若めの)オバア2名が乗車。あっという間に貸切状態は終わってしまった。乗車の際、自分にもしたように「来間島の方を回ってから行きますけど、いいです?」とアンマー…もとい、乗務員さんが聞くと、「えっ、まあ、いいんじゃない?」と、聞いているんだかどうでもいいんだか、なんともユルい返事が返ってきた。オバアにとってみれば、平良市街へ行きさえすれば、どこを通って行こうと構わないのかもしれない。
「券みたいのもないけど、いいの?」「ええ、お金も降りる時で結構ですよ」というやりとりもあった。「来間島回っていくんだ、ふうん」という、 呟きも聞こえた。どうやらこのオバア、日常的にバスを利用しているわけではないようだ。クルマに頼れない時こそ、バスの出番。バスがあるからこそ、クルマがなくても外出できる。バスは一種のセーフティネットなのだ。
来間島へ渡るバス
「洲鎌」を過ぎて右折し、来間大橋へ至る道を走る。「来間支線」は、来間島唯一の停留所である「来間」のほか、宮古島側に「皆愛」停留所があり、1日5~6便の【4】与那覇嘉手苅線のうち、来間9:08発(平良方面直行)→平良港9:40着と、平良港13:25発→13:57着の2便が立ち寄る。(いずれも与那覇経由)
この設定では行き帰りとも高校生の通学には利用できないが、来間島の高校生は平良市街まで原付で通学しているのだろうか、それとも洲鎌か下地庁舎前あたりに自転車を置いてバスに乗っているのか、あるいは保護者がクルマで送迎しているのか。16歳にならないと原付免許すら取得できないのだが、実態はわからない。実質的に来間島から平良市街への通院くらいにしか使えず、どのような客層に向けた設定なのか、気になる。
来間島の人口は165名。来間小学校はあるが2014年に来間中学校は閉校となっており、現在は小学校が中学校も兼ねている。この規模では当然高校はなく、来間島の高校生はどのようにして平良の高校まで通っているのだろうか。少ないとはいえ、島に住まう彼らの役にバスが立っていないのだとすれば、それは残念なことだ。
来間大橋を渡る。1995年に開通した、全長1,690mの農道橋である。空と海とが一体化したような、青い青い景色のなかを、ブーゲンビレア色のバスが走ってゆく。船舶の航行のために橋の中央部が高くなっていることもあり、走りながら徐々に海面が視界から遠ざかるさまは、飛行機の離陸さながら。とても路線バスに乗っているとは思えない、開放感に満ちた時間が流れる。
来間島に渡ると、宮古島とは一転して、島の台地に取り付く上り坂を駆け上がる。歩道をランニングしている中高生がおり、それも一人や二人ではなく、たくさん。強烈な海風を受けて来間大橋を走って渡り、海岸から台地へ取り付く上り坂をも走るとあらば、体力がつくのは間違いない。島の環境を活かしたトレーニング方法であり、見ていて感心する。島の子供たちなのだろうか。
▲シンプルすぎる時刻表(グーグルストリートビューより。現在、時刻設定は変わっています)
さとうきび畑のなかをラケット状に走り、来間大橋方面へ方向転換したところに島唯一の停留所「来間」があった。島唯一の停留所とあらば、さすがに島の玄関口らしい設えになっているのではないか…と思ったが、さとうきび畑の傍らにポールが1本立っているだけだった。あまりに呆気なかったので写真を撮り損ねてしまったため、グーグルストリートビューで代用せざるを得なかった。
そして、せっかくここまで回り道をしてきたにも関わらず、乗客はゼロ。このバスで平良市街へ向かっても来間島へ戻るバスはもうないため、乗客がいないのも無理はない。そして、与那覇の時点でカラであったため、午前の便で平良市街へ出かけ、この午後便で戻ってきた乗客もゼロということになる。実質的に1日1往復では、致し方ないのかもしれない。
それでも、来間島には小さなペンションが点在し、観光産業も育ちつつあるなかで、路線バスが地元客にも観光客にも使い物にならない設定なのは、実に勿体ないこと。せめて、宮古空港に降り立った観光客を来間島へ送り届けられるような設定になっていれば…と思うのだが。
寄り道の甲斐なく、もと来た来間大橋をまた宮古島へと戻る。海の美しさは一級品で、何度見ても飽きない。しかし、観光客のドライブならばともかく、上地南から乗ってきて平良市街へ向かうオバア2名には余計な回り道でしかない。この美しい海は、窓辺で肘をついているオバア2名にも、ちゃんと美しい海に見えているだろうか。
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「乗客のいない回り道」