上原港と西表西部地域を結ぶ
船浦集落の尾根を越えると、いよいよ上原港が近くなってくる。高低差が激しかった船浦集落に比べ、その名の通り上原集落は平坦な地形になる。湾の奥だけあって海の波も穏やかで、ここが港の適地というのもうなずける。
「上原港」停留所を併設する上原港旅客ターミナル「デンサターミナル」は、県道215号から200mほど離れているため、その県道の分岐点に「上原」停留所が設けられている。周囲には「デンサー食堂」をはじめ、数軒の商店が立ち並んでおり、こうした店など市街地へようがあるならば、「上原港」まで行かず「上原」で降りた方が便利だ。この位置関係のため、下り白浜行き・上り豊原行きとも「上原」→「上原港」の順に停車する。至近距離である上原港→上原のみの利用者はいるはずがないので、上原港を出たバスは上原には停車しない。その「上原」ではオジイ1名が下車し、地場スーパー「川満」の方へ歩いていった。
「上原」を出て右折し、駐車場の中を通り抜けると、大原港と並ぶ西表島の交通ターミナル「上原港」に到着する。上原港ではさすがに大きな入れ替わりがあり、10名程度ずつの乗降があった。上原港では5分程度の停車時間があり、遅延時はここで遅れを取り戻すことができる。この時は5分程度の遅れだったため、停車時間を切り詰めて定刻に出発。14:56、上原港発。
こうした遅れを取り戻せるダイヤ設定になっている=定時運行を意識したダイヤ設定であるのも、やはり高速船との接続に配慮しなければならない西表島ならではの事情と言えるだろう。石垣島のバスにしても、石垣空港や石垣港離島ターミナルへのリレーといった側面が強く、したがって定時運行への意識も高い。この点、沖縄本島や宮古島は、離島架橋が進んでいるために、バス一本で行ける距離が長いことから、「リレーをするための定時運行」という意識が低くなるのだろう。
やはり乗客15名程度で上原港を出る。上原港から浦内にかけては、西表島で最も集落間の距離が短く、集落同士が連続する区間となる。上原周辺には上原、上原港、上原小学校前と3つの停留所があり、大原港周辺と並んで最も停留所の密度が高いあたりだ。停留所の間隔もそれまでに比べて短く、ほぼ2分おきに停車していく。
上原小学校前を出た先で右折し、県道を外れて海沿いを進むようになる。県道は半島状に突き出た部分の根元を短絡していくが、バスは半島状の区間に形成された集落にも立ち寄っていく。「中野」「星砂の浜」「住吉」の3停留所はこの県道を外れた区間にあたるが、特に「星砂の浜」停留所は、竹富島とならぶ星砂で有名なビーチでもあり、主要な観光地の一つでもある。安栄観光・八重山観光フェリーによる西表西部地区送迎バスにしても県道を直進するものはなく、やはりこの3地区を経由していくことから、需要もあるのだろう。
「中野」停留所では、買い物帰りと思しき女性が1名乗車。「星砂の浜」停留所では、8名ほどの乗客が上原港方面へのバスを待っていた。次の「住吉」には小料理屋などが数件軒を連ねており、生活感のある光景が広がっている。そして、先程「中野」から乗ってきた女性が、早くも住吉で降りてしまった。距離にして僅か1.5km程度、運賃○○○円。1日たった4往復しか走らないが、こうした日常利用もあるのだ。
住吉から県道215号に戻り、次は浦内。かつては「月ヶ浜入口」といい、その名の通り西表島随一の白砂ビーチである月ヶ浜にも近い。なお、月ヶ浜は「トゥドゥマリの浜」とも呼ばれ、「神が留まる浜」という意味合いも持つ。
「月ヶ浜入口」から「浦内」へと改称された理由としては、「ホテルニラカナイ西表島」の建設によるルート変更があるだろう。路線バスも県道から分岐してホテルの車寄せまで行くようになったが、このホテル前の停留所がより浜に近いところに設けられたため、浜へ向かう観光客が誤って手前で降りないようにするための配慮と思われる。
ホテルニラカナイ西表島(以下『ニラカナイ』)は2004年に開業した、西表島初の本格的なリゾートホテルである。それまでは小規模な旅館か民宿くらいしかなく、宿泊施設が充実している石垣島(石垣市)からの日帰りが中心であったなか、西表島(竹富町)への宿泊客増加が期待された。
反面、アオウミガメの産卵地であったトゥドゥマリ浜の環境破壊が懸念され、地元からの訴訟もあったものの、環境対策を講じたことでホテル側が勝訴し、そのまま開業に至っている。2011年以降は星野リゾート色が強まり、2019年10月以降は「星野リゾート西表島ホテル」へのリブランドが決まっている。
浦内停留所を過ぎると、すぐに右折してホテルニラカナイの敷地内へと入る。車寄せの真下ではないもののすぐ脇に停留所が設置されており、観光客が4名ほど降りていった。
ここの宿泊客と路線バスの客層はあまり合致しないようにも思うが、ホテルの送迎車は上原港までしか送ってくれないし、高速船の送迎バスも一部を除いて敷地内へは立ち寄らない(八重山観光フェリーの下り上原港→白浜行きのみ立ち寄る)。そうなると、レンタカーなしで島内観光をしようと思えば、1日4往復といえど路線バスの世話になるしかない。需要があるからこそ、こうして態々敷地内に停留所を設置しているとも言えるだろう。
県道に戻ると、右手を大きな水面が並行するようになる。ここまで大きいと海なのか川なのかがよくわからないが、これは沖縄県最大の河川・浦内川の河口部である。この川は、島の中央部を大きく通り越し、東部・大原港まであと6kmというところまで接近したあたりを源流とし、18.8km先のホテルニラカナイあたりで海に注ぐ。かといって西表島の高所が大きく東部に偏っているわけではなく、東部・大原港に注ぐ仲間川の源流は、西部・白浜港まであと6kmと接近したところ。西部の浦内川と、東部の仲間川の源流が、互いの流域へ大きく食い込んでいるのは、西表島の地形の大きな特徴と言えるだろう。
その浦内川を渡る地点に設けられているのが「浦内川」停留所である。さすがは観光資源としても知られるところで、4名程度が降りていった。残る乗客は5名ほど。
ここから中流域まで遊覧船が出ており、遊覧船の終点からマリユドゥの滝まで1km、カンピレーの滝まで1.5kmあり、浦内川バス停からの遊覧船とトレッキングを組み合わせたコースは西表島観光の定番の一つ。さらに遡って東部・大原港まで約15kmを踏破する登山道もあるにはあるが、ここまではさすがに一般的ではなく、多くは滝で引き返す。何しろ国立公園内であり、またサキシマハブも出没する一帯であるため、縦走には相応の装備と経験を要するからだ。
浦内橋で浦内川を渡る。2.7km先が「干立」、さらに0.9km先が「祖納」で、このあたりは東部の古見と並び、西表島で最も古くから存在する集落である。「祖納」とは与那国島にも見られる地名であり、与那国島の祖納は今でも与那国の中心である。はっきりした地名の由来はわからないらしいが、税(=租税、田租)を納めた場所という意味合いではないかと思う。
現在、西表西部の中心は交通の便が良い上原へと移っているが、祖納がかつての中心地らしい面目を保っているのが、「西表島郵便局」がいまだ祖納に立地していること。西表島内の郵便局は、西部・祖納の西表島郵便局と、東部・大原の西表大原郵便局の2箇所しかない。また、西表島内に銀行、大手コンビニチェーンは存在しないため、島内の金融機関も実質的に2箇所の郵便局のみと言える。そもそも地銀(琉球銀行、沖縄銀行、海邦銀行)ですら石垣市内にしかなく、都市銀行はゼロ。こうした遠隔地では、いまだ郵便局しか金融機関がないというところも数多い。うっかり現金を引き出すのを忘れて西表入りしようものなら、郵便局が開いていなければオシマイである。離島の旅では、こうしたことにも気をつけたい。
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奥西表:船浮の入口 終点-白浜