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【三重】みそぎのまち・二見浦の夫婦岩――近鉄鳥羽線・JR参宮線 #17

目次

・高規格な近鉄鳥羽線

宇治山田駅から近鉄で一旦鳥羽駅へ向かい、そこからJRで折り返して二見浦へ向かうことにした。参宮線伊勢市以遠は18時を過ぎると快速みえを含めて1時間に1本に減ってしまうため、かなり遠回りではあるが、鳥羽経由の方が伊勢市経由よりも接続が良かったのだ。

やってきたのは近鉄5200系の急行鳥羽行き。ただ、急行とはいっても伊勢市からは各駅停車。名伊急行(近鉄名古屋〜宇治山田・五十鈴川)、阪伊急行(大阪上本町〜宇治山田・五十鈴川)とも基本的に宇治山田か五十鈴川までの運転であり、五十鈴川からたった三駅とはいえ、鳥羽まで足を伸ばす急行は非常に珍しい。

f:id:stationoffice:20180622145850j:image宇治山田に到着する近鉄名古屋発急行鳥羽行き

f:id:stationoffice:20180622145817j:image3扉・転換クロスシートの近郊型電車の基本を作った近鉄5200系

現行ダイヤでは近鉄名古屋発→鳥羽着が7・8・21時台に1本ずつの計3本(土休日は20時台が1本増えて計4本)、大阪上本町発→鳥羽着が22時台に1本のみ。反対も鳥羽発→近鉄名古屋行きが6時台1本・7時台2本、鳥羽発→大阪上本町行きが5時台(土休日は6時台)に1本のみ。さらに上り下りとも鳥羽での賢島方面接続はなく、純粋な地元民向けのサービス急行と言える。近鉄伝統の鮮魚列車(行商人用の伊勢~大阪間を結ぶ専用列車。海産物の積み込みもできる)の運転も続いており、鮮魚列車でなくとも、早朝に鳥羽から大阪・名古屋を目指す利用は一定数存在するのだろう。したがって早朝の鳥羽発・深夜の鳥羽着しか急行の運転は無く、観光客の利用には全く向かない。観光客向けには特急しまかぜ・特急伊勢志摩ライナーをはじめとする各種特急列車が充実しており、わざわざ急行に乗る向きも少ないのであろうし、近鉄としても長距離利用はなるべく特急に誘導したいだろう。

宇治山田を出ると市街地を高架線で抜け、トンネルをくぐる。1969年に新しく開通した区間だけに規格が高く、5200系の急行は各駅停車ながらスピードを上げていく。トンネルを抜けると、観光客が姿を消し、静まり返った五十鈴川駅に着く。何人かが降りていったが皆軽装で、18時過ぎとあって旅行者といった雰囲気はない。宇治山田市街か津・松阪あたりからの帰宅客であろう。朝熊山の麓をトンネルで抜けて朝熊、またトンネルを抜けて池の浦と、立て続けに山の中の無人駅に停車していくが乗降は無く、数秒でドアが閉まる。池の浦までほぼ直線か緩いカーブで、コンスタントに100km/h以上のスピードを出して快走していく。池の浦を出るとその名の通り池の浦に沿って走るが、こうも暗くては景色が見えない。伊勢市から海岸べりを走ってきた参宮線が隣に合流すると、宇治山田から15分ほどで鳥羽駅に到着する。参宮線では二見浦のみ停車の快速みえで15分、普通では20分ほどかかるため、各駅停車でも15分の近鉄はやはり速い。ただ、運賃は近鉄330円に対しJR240円と、JRに軍配が上がる。18:15、鳥羽着。

近鉄の陰でひっそり?JR鳥羽駅

鳥羽駅はJR・近鉄の共同管理駅で、両社間に中間改札はない。鳥羽だけでなく伊勢市・松阪・津などでも同様であり、これだけ長きにわたり中間改札なしに接続駅が続く例は珍しい。鳥羽では旧市街に向いた山側にJR、鳥羽水族館ミキモト真珠島などの観光地が連なる海側に近鉄の駅舎がそれぞれ構えており、両社は連絡通路で結ばれているものの、それぞれの乗車券はそれぞれの駅舎でしか買えない。近鉄が構える海側は、駅前が埋立てによって大幅に拡張されたため、各観光地を結ぶバスターミナルが充実している。しかしながら、18時台も半ばとあっては、観光客の姿が無く、火の消えたような静かな駅前である。

f:id:stationoffice:20180622150637j:image長駆名古屋から走り抜けた急行。普通宇治山田行きで折り返す
f:id:stationoffice:20180622150632j:image大阪・名古屋への特急が次々と発車する。編成もJRより長い
f:id:stationoffice:20180622150627j:imageなんばグランド花月への観劇を誘う広告が大阪文化を感じさせる

その近鉄を降り、JRホームへ向かう。海側の近鉄駅舎は橋上駅舎だが山側のJR駅舎は地上駅舎であるため、一旦近鉄の橋上駅舎へ階段を上がり、近鉄スタイルの案内板に従ってJRホームへとまた階段を降りる。近鉄ホームはやや人影があったが、JRホームは輪をかけて静か。18:22発の普通亀山行きが発車を待っていたが、乗客は自分を含めて3人だけ。これだけ少ないとあっては伊勢市・松阪・津などへの乗客はいるはずもなく、近鉄が通らない二見浦、宮川、田丸などへの乗客に限られるだろう。かくいう自分も二見浦下車である。18:22、鳥羽発。

f:id:stationoffice:20180622151007j:image近鉄様式の案内が下がる。この跨線橋までが近鉄管理らしい
f:id:stationoffice:20180622151016j:image木造の大屋根がホームを覆うがそれに見合う乗客がいない
f:id:stationoffice:20180622151012j:imageJRでは鳥羽が終点。志摩方面へは近鉄の独壇場だ

・ローカル線を走るピカピカの新車

f:id:stationoffice:20180622152502j:image2014年デビューのキハ25。見た目は313系電車そっくり
f:id:stationoffice:20180622152507j:imageワンマン対応のキハ25。参宮線普通は津から名古屋でなく亀山へ
f:id:stationoffice:20180622152511j:image地方に不釣り合いなロングシート。整理券発行機が目立つ

ピカピカの新車、キハ25はたった3人の乗客を乗せて走る。2両編成と小柄な編成に、ワンマン対応の運賃箱に整理券発行機を搭載するあたりがいかにもローカル感を醸し出しているが、その他の車内設備は中京圏の通勤電車と変わらない3扉オールロングシート。さらに見た目はJR東海の電化区間を席巻する313系電車とほとんど同じであり、高山線岐阜口や太多線あたりの非電化通勤路線なら馴染みそうだが、参宮線紀勢線といったローカル線には不釣り合いな空気。たった3人の乗客の前で、誰も頼りにしない吊革が虚しくぶらぶらと揺れる。まあここいらのお得意様は短距離しか乗らない通学の高校生がほとんどなわけで、彼らにとっては立ちスペースが広く、高校最寄駅の主要駅では両開き3扉を一気に開けて一気に降りられる、3扉オールロングシートのキハ25の方が便利だろう。しかし1時間に1本は特急が走る高山線と違い、1日4本しか特急がない紀勢線は、津・松阪あたりの中勢(ちゅうせい)地方から、尾鷲・熊野市あたりの南紀地方まで、2時間以上を乗り通す乗客も珍しくない。加えて沿線の高速道路の整備もまだまだで、需用量は多くないものの、その人口の割に鉄道に対する依存度は高いように見受けられる。そのような環境にあって、キハ25の3扉オールロングシートは長距離利用や観光利用には不向きで、高校生向けに偏りすぎな印象を受ける。JR東海ならではの東海道新幹線流の徹底した共通化・効率化が三重県南部の非電化単線のローカル線にまで及んだか、という気になる。

しかしながら、こういった非電化単線のローカル線にも時代にあった新車を導入し、全体としての体質改善を図っているのであるから、JR東海の姿勢は間違っているとは思わない。事実、このあと同様に長距離利用を強いられた紀勢本線新宮〜紀伊田辺間の105系電車では、3扉オールロングシートの接客設備もさることながら、車両の揺れや振動が腰を直撃する、国鉄時代そのままの乗り心地の悪いコイルばね台車に辟易する羽目になった。同じ3扉オールロングシートとはいえ、キハ25に乗っている時にこうした乗り心地の悪さは全く感じなかった。そうした意味では、新車が地方にもやってくるのは実にありがたく、これも東海道新幹線という大黒柱あってのことなのだとも思う。それも安普請の車両ではなく、まず乗り心地が良く、ロングシートであっても掛け心地が良く、大きな窓につや消しの化粧板がさわやかな車内と、ある程度の高級感も感じられる室内とあらば尚更だ。

f:id:stationoffice:20180622173222j:image紀勢線南部を走るJR西日本105系。西日本は国鉄車が多く残る

東海道新幹線のような大黒柱があるかどうかは、地方ローカル線の経営や質にもかかわってくるのだ…と、たった3人の乗客を乗せ、夜の参宮線を走るピカピカのキハ25の中で感じた。

・夜の二見浦を歩く

鳥羽から普通亀山行きに揺られること10分、18:32に二見浦着。自分ともう1人が降り、10人ほどが乗車。鳥羽行き快速みえと交換し、ほどなく発車していった。二見浦には近鉄がないため、やはり乗降ともに周囲の駅より多い。

f:id:stationoffice:20180622173950j:imageかつて長大編成が発着したホーム。幅も広いが持て余し気味
f:id:stationoffice:20180622173954j:image駅名はこの通りだが地名は「ふたみがうら」である
f:id:stationoffice:20180622173959j:image無人化されて久しい駅構内。横断幕が迎えるがどこか寂しい

f:id:stationoffice:20180622175436j:image駅舎内では旧二見町の産品が紹介されている
f:id:stationoffice:20180622175433j:image二見興玉神社の簡単なあらましが駅でも紹介されている
f:id:stationoffice:20180622173944j:image夫婦岩をモチーフにした二見浦駅舎。近代的かつシンボリック

著名な観光地の最寄り駅であるが、現在は無人駅となっており、旧窓口はシャッターが閉じられたままで、切符回収箱が設置されているだけの、侘しい雰囲気。それでも、観光客を出迎える横断幕が改札口に掲げられていたり、伊勢市二見地域(旧二見町)の産品や名所を紹介するボードがあったりと、観光地らしい雰囲気も感じられる。駅舎はガラス張りの近代的なものに建て替えられており、大小二つの半円形が重なるデザインは、二見浦の象徴たる夫婦岩そのものだ。こうした意匠には、古くから旅人を迎えてきた歴史ある観光地の気概が感じられ、仰々しくない地元PRが心地よい。

f:id:stationoffice:20180622174344j:image二見浦駅前には二見興玉神社の大鳥居が構える
f:id:stationoffice:20180622174336j:image二見生涯学習センター(旧二見町役場)も夫婦岩のデザインだ
f:id:stationoffice:20180622174340j:image伊勢造りの歴史ある建物が並ぶ表参道

f:id:stationoffice:20180622174618j:image赤福も支店を構える
f:id:stationoffice:20180622174621j:image旅館街を抜ければ二見興玉神社はもうすぐ

18時過ぎとあって、二見浦の表参道は静まり返っていた。旧二見町役場(現・二見生涯学習センター)も、二見浦駅舎と同じく大小二つの半円形が重なるデザインであり、さりげない夫婦岩PRがここにも。伊勢造り(瓦屋根を正面に向けず、左右に流す和式建築。伊勢神宮を前に畏れ多い気持ちを表した構造と言われる)の商店が連なる表参道を駅からまっすぐ進んでいくと、海岸に突き当たったところで右へ曲がる。右へ曲がると今度は旅館が立ち並ぶ。見ると修学旅行などの団体旅行が多く、概してどの旅館も規模が大きい。宇治山田と違い、二見浦は海岸に近く平地が多いため、こうした大型宿泊施設が多く、伊勢市内の宿泊の受け皿として機能している様子が窺える。その旅館街を抜けると、いよいよ二見興玉神社の境内。二見浦駅からは徒歩15分といったところか。昼間であれば、ここまでの表参道は、赤福の支店をはじめとした伊勢造りの土産物屋が左右に建ち並び、さぞ賑やかなことであろうと思うが、こうも暗くては人通りもなく、現に歩いているのは自分だけだ。

・「夫婦岩」と「ぶじかえる」・・・二見興玉神社

二見興玉神社三重県内で伊勢神宮に次ぐ参拝者数を誇る神社で、沖合の夫婦岩と掲題に並ぶぶじかえる像で知られる。

伊勢に降り立った天照大神を導いた猿田彦大神が立っていたのが、二見興玉神社の沖合700mに沈む興玉神石(おきたましんせき)と言われ、夫婦岩興玉神石の遥拝所としての役割を持つ。興玉神石は海中に没しており、肉眼で見ることはかなわない。男岩と女岩の間に結ばれた大注連縄の間から昇る朝日は、伊勢のみならず「日出づる国」日本のシンボルとしても多用されるものだ。そして、その猿田彦大神の使いが蛙とされているため、全国からの参拝者が蛙の像を奉納していくことから、境内には多くの蛙たちが並んでいるというわけ。

また、式年遷宮などの伊勢神宮にとっての大きな祭礼の際、参拝者は二見浦で身を清めることが求められる。二見浦で身を清めてから伊勢神宮の参拝へ向かうことを「浜参宮」といい、これも古来からの伝統である。天照大神猿田彦大神の関係と同じように、伊勢神宮二見興玉神社の関係もまた切っても切れないものであるわけだ。

f:id:stationoffice:20180622174934j:image大小様々な蛙たちが境内に集まっている
f:id:stationoffice:20180622174929j:image手水鉢のなかに佇む「満願蛙」。愛嬌ある表情をしている

手水鉢で手口を清めるのは同じであるが、手水鉢の水の中には「満願蛙」がおり、願い事を唱えながら満願蛙に水をかけるとその願いが成就するのだという。ただ、あまりにも多くの蛙の像があるため、「満願蛙は水中の蛙です」とデカデカと掲示してあるのが、ちょっと目立ちすぎている。間違えて満願蛙でない蛙に水をかける参拝者もいるのであろうが、その看板ばかり目立っている。もう少し周囲に配慮した看板であってほしい。ただ、満願蛙自体は、いかにも蛙らしい愛嬌を感じるものだった。

f:id:stationoffice:20180622175132j:imageなんとか参拝叶った夫婦岩

そして肝心の夫婦岩はライトアップされており、悪天候ではあったがなんとか拝むことができた。似たような形の大小の岩が海中から突き出している様は、たしかに「夫婦岩」そのもの。ここから昇る朝日はさぞ霊験あらたかなことだろう。

こうした観光地は、夜になると閉じてしまうところが多いなかで、二見興玉神社は夜でも参拝でき、夫婦岩もライトアップされているので、表参道が寂しいことと、海が見えないこと以外に不足はない。夜であっても一通りの観光を済ませることができるのは、時間がない旅人にとってはとても嬉しいこと。こうした配慮も、古くから遠方の参拝者を迎えてきた歴史を持つ伊勢ならではという気がする。

日の出の遥拝はもちろん、夫婦岩と満願蛙への祈願だけでもユニークな参拝ができる二見浦。「二見」とは、「あまりに美しい浦であるので訪れた人々が振り返って二度見するほどの浦」であることに由来するもの。昼間であれば松林が続く穏やかな海に癒されるであろうし、夜であってもその静けさ故に、落ち着いた心で参拝ができる。伊勢神宮だけでなく、二見興玉神社も含めて参拝するのが古来からの習わしであるのであるが、その理由はひとえに「心を清める」ことにあるのであろう。

f:id:stationoffice:20180622175257j:image

「みそぎのまち」という単純にして心に響くフレーズの幟が揺れていたが、まさに禊をするにはうってつけ。思い悩むことなんて、全部水に流してしまってもいいのかもしれない。

(つづく)