地平線まで続く、果てしない直線。周りには、ただただ広い穀倉地帯が広がるばかり。そんな広大な景色のなかを、たった1両のディーゼルカーが駆け抜けてゆく。ここは北海道だろうか、いいえ、ここは茨城県。常総線は「関東の北海道」である──とは、…誰の言葉だっただろうか。何を大げさな、と思うかもしれないが、ここに来れば、誰しもが納得する景色が、どこまでも広がっている。
非電化・複線のユニークな路線
関東鉄道(略称:関鉄)常総線は、取手(茨城県取手市)―下館(茨城県筑西市)を結ぶ、全線51.1kmの路線。起点の取手でJR常磐線から分岐し、途中の守谷でつくばエクスプレス(Tsukuba eXpress=略称TX)線と交差したのち、終点下館でJR水戸線・真岡鐡道線に接続する。
▲起点の取手。常磐線から分岐し、茨城県西部を縦断する
ちなみに、「関東鉄道」とはスケールの大きな社名だが、路線を有するのは茨城県内のみ。常総線の他には、取手から常磐線で2つ先、佐貫(茨城県龍ケ崎市)─竜ヶ崎(同)をむすぶ竜ヶ崎線(4.5km)を有するが、こちらは常磐線の経路から外れた龍ケ崎市街と、常磐線での龍ケ崎市街最寄りとなる佐貫駅を結ぶだけの、純粋な常磐線の短距離支線。複数の都市を結んで走る常総線とは少々性格が異なる。常総線と竜ヶ崎線は自社線で結ばれておらず、常磐線を介する必要があるが、これは元々常総線と竜ヶ崎線が別会社であった歴史によるもの。茨城県南を走っていた4社(常総鉄道+筑波鉄道→常総筑波鉄道、龍崎鉄道→鹿島参宮鉄道)が合併して発足したのが関東鉄道であり、合併後に旧社同士で揉めないように大きな社名をつけたものと思う。
概ね茨城県西部を縦断して流れる鬼怒川に沿って走り、沿線は川沿いの平地がどこまでも続くため、大きな橋梁もなければ、トンネルも1つとして存在しない。東京圏に近い取手・守谷周辺はベッドタウンとして発展しているため、取手―守谷―水海道間(17.5km)は複線化されており、昼間でも15分間隔で列車が走るが、そのベッドタウンが尽きる水海道―下妻―下館間(33.6km)は単線となり、列車本数も半減する。
▲複線区間を行き交う気動車たち。日中でも15分間隔運行を維持する
そして、常総線最大の特徴といえるのが、東京圏のベッドタウンを結び、複線化もされているほど運転本数が多い路線でありながら、全線非電化のままという点だ。これは、電車の運行に必要な大電流の架線(直流1500V)が、近傍の茨城県石岡市に所在する、気象庁地磁気観測所による地磁気観測の障害になるためだ。そのため、地磁気観測所から半径50km以内を通る鉄道は非電化ないし交流20,000Vでの電化が必要となる。常磐線、水戸線、TXは東京からの直通列車が走るために交流電化されたが、列車本数がそこまで多くなく、東京への直通列車も走らない常総線は、電化に要するコストの方が大きいと判断され、非電化のままとする判断をした。
▲複線区間でのすれ違い。ニュータウンと田園風景が入り混じった景色の中をゆく
結果として、常総線は「気動車(ディーゼルカー)が頻繁に走る」という、珍しい路線となった。一般的に、列車本数が多い路線の場合は、1列車当たりの運行コストが安い電車の方が有利とされ、反対に列車本数が少ない路線の場合は、地上設備が少なくて済む気動車の方が有利とされる。常総線は、列車本数が多いにも関わらず、1列車当たりのコストが高い気動車が走るという、一見非効率的な運行をしているのであるが、先述したとおり直流電化が不可能で、電化するとすれば、直流電化よりも高価な交流電化をせざるを得ない。常磐線やTXへ直通運転をするのであれば、電化も検討されたのであろうが、その直通運転をしないとあらば、電化をする意義は確かに薄い。
「非電化複線」という似たような状況にあった札幌のJR学園都市線(札沼線)も、2012年に運行の効率化を図って電化されたため、非電化複線の路線はもはや殆ど消滅しているに等しく、あっても都市型の路線は殆どない。その点、今でもデータイム15分間隔で列車が走り、ICカードも導入された都市型路線の常総線は、珍しい存在だ。
そして、都市圏区間を一歩離れれば、そこには雄大な「関東の北海道」の景色が広がっているという、ひとつの路線の中に様々な顔を持っているというのも、常総線のユニークな点だ。ひとつの路線に様々な顔を見せてくれる、そんな常総線の姿に触れるべく、守谷駅に降り立った。
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「TXと共に伸びゆく守谷」