バス停でのんびり過ごす待ち時間
行きに下った急坂を、今度は上ってバス停へと戻る。泳ぎ疲れた身体にこの急坂はなかなか堪えるものがあるが、丘を上ってゆくたび、海を見下ろす爽快な景色が広がってゆく。さっきまであそこで泳いでいたと思うと、なんと美しい海で泳いでいたことかと、しみじみと思い入るものがある。
国道のバス停へと戻ると、帰りのバスは20分後。まわりにコンビニやおしゃれなカフェがあるわけでもなく、風が吹くたびにハイビスカスの花や、サトウキビ畑がざわわと揺れるだけの、それはそれは美しい沖縄の田舎。時折マイカーが走り抜けてゆくが、それも時折だ。
バス停には先客が2人いた。話し声を聞いてみると、どうも韓国からの旅人のようだ。韓国から男二人で沖縄旅行、それもありがちなリゾートではなく、正直バブルの残り香漂う知念海洋レジャーセンターに、それもレンタカーでなくわざわざ路線バスを選ぶとは、なかなかオツなチョイスではないか。韓国のマリンレジャーといえば済州島が思い浮かぶが、済州はどうもハワイに偏った開発が進んでいるらしく、こうした「南の島の原風景」は失われつつあるらしい。
その点、知念半島は斎場御嶽に代表される、古き良き沖縄の伝統的な景色がまだまだ残り、開放的な造りに赤瓦の琉球建築も健在だ。また、古くから朝鮮半島の一部として一体的に扱われてきた済州島と違い、沖縄が日本へ完全に組み込まれたのは明治時代になってからの話であり、朝鮮にも日本にもない、独自の文化がまだまだ残っている。そうした「沖縄らしさ」が、国内のみならず海外からも旅人を惹きつけてやまないのだろう。
特に海外からの観光客の場合、異国でのクルマの運転に抵抗を覚える人は多い。日本は左側通行なのに対して、韓国は右側通行。通行区分が違えば当然運転の感覚も大きく異なり、そうした旅人には路線バスが大きな頼りになる。彼らにとって魅力的な沖縄であり続けるためには、「バスでどこへでも行ける沖縄」であり続けなければならないし、彼らにもっともっとバスに乗ってもらえるようになれば、志喜屋線のようなローカル区間の維持・発展にも繋がるはずだ。
韓国からの旅人と一緒に、路傍のバス停でのんびりとバスを待った。太陽の光をたっぷりと浴び、ぬくもりを持った縁石に腰かける。腰を下ろし、泳ぎ疲れた体をどっかりと落ち着ければ、頬を南国の潮風が撫でてゆく。この感覚が、とても心地よいものだった。バス待ちの20分など、本来であれば退屈なだけの時間になってしまいがちだが、高ぶった心を落ち着け、心にゆとりと静けさを取り戻すには、却って短いくらいだった。ざわわという音を聞いているだけで、なんだか心が優しくなれるような気がする。海風と”ざわわ”がくれる優しさが、沖縄人の「優しさ」の根底にあるのかもしれない。
そうこうしているうち、アイボリー地にグリーンとオレンジがあしらわれた、南国らしいバスが再びやってきた。僕らと韓国からの旅人、計4人を乗せ、知念半島を後にする。
17:11、知念海洋レジャーセンター前発。東陽バス【38】上泉行き。
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高齢者のお買いものを支えるローカルバス