関西

【兵庫】タカラジェンヌに逢える街・宝塚──阪急今津線・JR福知山線(JR宝塚線) #35

廃線跡。それは概して、過疎や衰退の象徴として扱われる。草むした地面に赤く錆びついたレールが無残にも放置されているシーンは、説明なしに人々の心に寂寥感を催すものだ。

しかし、ここ兵庫県西宮市、JR福知山線(JR宝塚線)生瀬なまぜ武田尾たけだお間には、「福知山線の電化・複線化に伴うルート変更のため廃線」となった区間がある。ルート変更は1986年と、神戸三田さんだ国際公園都市・北摂三田ニュータウンの開発が進んだ時期と一致する。

大阪のすぐ近くを走りながら、山陰本線に付随するローカル線に過ぎなかった福知山線は、このルート変更によって、大都市通勤路線へと発展するに至った。ルート変更前の生瀬─武田尾間は武庫川むこがわの渓谷に沿ってうねうねと進む単線であり、風光明媚な区間ではあったが単線ゆえに列車の増発が難しく、またスピードも50km/h程度しか出せなかったため、高速化もままならなかった。この隘路をトンネルでショートカットしないことには、福知山線の発展、そして北摂三田ニュータウンの発展はなかったのである。

1986年の福知山線新ルートの開通後、大阪へ電車で30分程度で結ばれるようになった三田市の人口は劇的な増加を続け、1985年まで3万人程度であったところ、現在では11万人にまで増加。1986年〜1996年の10年にわたり、三田市の人口増加率が日本一を記録し続けたほどである。この区間の改善が、兵庫の片田舎をこれほどにまで発展させたのだ。

その代償として、かつての武庫川沿いの風光明媚な福知山線の車窓は失われてしまった。しかしその渓谷美は列車が走らなくなっても変わらないため、ルート変更後は廃線跡を探索するハイカーが激増した。廃線跡は国鉄→JR西日本の社有地であったため、危険防止のため立入禁止であったものの、ハイカーの求めに応じて自己責任での立ち入りが許可されるようになった。2016年からは西宮市・宝塚市の手で遊歩道として整備され、広く一般に公開されるようになった。ハイカーの求めをきっかけに、廃線跡がこれほど有名なハイキングスポットになるとは、誰が予想したことであろうか。

もっとも、いくら遊歩道化されたとはいえ、転落の危険がある箇所に柵をつけるなど、手を入れた内容な最低限になっており、基本は廃線跡のままであまり変わらない。路面もゴツゴツとしたバラスト(砕石)のままで、トンネル内も照明がなく懐中電灯が必携であるなど、ある程度の装備が必要な場所であることも変わっていない。そのため、鉄道の雰囲気は廃線から30年以上を経た今でも色濃く残っており、ハイカーだけでなく、鉄道ファンにも訪れて楽しい場所になっている。

都市部でも葉が色づき始めたこの頃。小さい秋を見つけに、まずは大阪の中心・阪急梅田駅に降り立った。

国内私鉄最大のターミナル、10面9線を誇る阪急梅田駅
神戸線特急でスタート

タカラジェンヌのサンドイッチ

大阪の中心・梅田から阪急神戸線特急に乗って12分、神戸線の中間地点、西宮北口にしのみやきたぐち。ここで今津いまづ線普通宝塚行きに乗り換え、さらに11分で宝塚南口駅に着く。「宝塚ホテル前」の副駅名がつき、その名の通り日本のクラシックホテルとして名高い宝塚ホテルが、駅のすぐ西側にある。もっとも、宝塚ホテルへ向かうようなハイエンドの観光客が、どれほど今津線で来るかはわからないが。

神戸線特急と普通は西宮北口で接続。今津線も接続する阪急の要衝
神戸線ホームに比べ幾分のんびりした空気が漂う今津線ホーム
車両も神戸線に比べるとやや古い

西宮北口での乗り換え時間6分を含め、梅田から宝塚南口まで29分。宝塚南口の次が終点・宝塚であり、今津線経由で宝塚まで32分。梅田から宝塚までは乗り換えなしで直行する宝塚線もあるが、こちらは乗り換えが無いにも関わらず33分を要し、遠回りにして駅が多いが故の宝塚線の遅さが際立つ結果になっている。ちなみにJRの快速は25分。京阪神間に並んで、ここでも一番速い。

さて、宝塚南口に降り立った理由はひとつ。「タカラジェンヌ御用達のサンドイッチを買い、廃線跡を歩きながら食べること」だ。宝塚南口駅の改札を出て、小さなロータリーを過ぎて交差点を渡ったところに、「サンドウィッチ ルマン」はあった。白い看板に赤青の二本線、そしてパン耳のような茶色く直線的な文字で「ルマン」。いかにも老舗ベーカリー、といった雰囲気ではないか。

駅ビルの名前は「サンビオラ」。楽器の名前から取るあたりいかにも歌劇のまち
駅ビル「サンビオラ」の斜向かいに構える「ルマン」

中に入ると、「タカラジェンヌへの差し入れの際はその旨お申し付けください」といった張り紙が目立つ。なるほど、公演の合間にサッと食べられ、それでいて野菜・タンパク質・炭水化物のバランスがとれるサンドウィッチは、タカラジェンヌに愛されるはずだ。定番とされるミックスサンドにハンバーグサンドの詰め合わせを注文し、しばらく待つ。

待っている間、張り紙の意味合いについて聞いてみた。すると、「タカラジェンヌは皆様好みが違いますから、誰々へ差し入れたい旨を仰ってくれれば、ジェンヌ好みの詰め合わせにできるんですよ」ということだった。また、「宅配も行なっていますから、できたての品を楽屋まで直接届けに上がれますし、誰がどの公演に出ているか、大体は把握していますから」とも。

なるほど、長年タカラジェンヌとともに歩んできたお店だからこそ、文字通り胃袋からタカラジェンヌの心を掴んでいるというわけか。こうした文脈だと、劇場の中のカフェであるとか、とかく劇場の中だけにフォーカスされがちなものだが、ルマンはあくまで出入り業者。劇場から一歩距離をおきつつ、影からそっとタカラジェンヌの華やかな世界を支えている。差し入れの張り紙からは、そんな店主の心意気が感じられた。

ルマンの隣には、知る人ぞ知る「たからづか牛乳」のカフェがあり、こちらにも立ち寄ってみた。中に入ると、タカラジェンヌのサインがズラリ。一杯注文してみると、新鮮な牛乳そのままのやわらかな香りと舌触りを堪能できた。通信販売はしておらず、定期宅配も宝塚市内のみ、販売店も宝塚周辺の阪急オアシスなどに限られるという、幻の宝塚牛乳であった。

たからづか牛乳の店舗にはスターのサインがズラリ

美味しいサンドイッチと美味しい牛乳。できたてを食べるのも一興であるが、ここはぐっと我慢。楽しみは後にとっておくことにした。

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“花のみち”を歩く

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