東北・北海道

【北海道】大賑わいの新十津川駅・鉄道亡き後を担うバス――JR札沼線(学園都市線)・北海道中央バス滝川浦臼線(3) #52

「ご乗車ありがとうございました。終着、新十津川です。折り返し、普通列車石狩当別ゆきをご利用のお客様も、いったんお荷物を持ってお降りください。普通列車石狩当別ゆきの発車は10:00です。ドアは9:40頃に開けますので、それまでホームでお待ちください」

折り返し乗車の座席確保を防ぐため、新十津川到着時に全員降車するよう案内があった。観光客の半分は、やはりそのまま折り返すようだ。

▲雪を被った新十津川の駅名標。隣駅は中徳富から書き換えられている

「32分の観光地」新十津川駅

9:28、観光客の熱気とともに、札沼線のキハ40は新十津川に到着した。終点駅といえど無人駅扱いなのは変わらないため、後扉は開かない。約50名の乗客が運賃箱に向かって列をなし、前扉から順に降りていく。

▲新十津川に到着したキハ40
▲雪に覆われたホーム

ここもやはり1面1線の棒線駅で、2番線跡らしき空き地はあるが、雪に埋まっていてよくわからない。線路はホームの50mほど先で途切れていて、かつて線路が石狩沼田へ通じていたことを想起させる。

▲札沼線の果ては雪に埋もれていた

もっとも、途切れた線路の先には既に住宅が線路跡を無視する形で建っており、その先も住宅団地が造成されているため、線路跡を偲ぶことはできない。数百メートル先の徳富川を渡っていた札沼線の橋梁が僅かに残っている程度で、その先はもう完全に区画整理された農地に飲み込まれている。そして、2020年5月に廃止される新十津川町内の札沼線廃線跡についても、新十津川町内では農地化する準備が進められているようだ。

札沼線跡地、農地に 23年から工事 新十津川:どうしん電子版(北海道新聞) https://www.hokkaido-np.co.jp/article/267087

小さな駅舎は、キハ40で降り立った乗客に加え、折り返し10:00発の石狩当別行きにこれから乗ろうとする乗客とでごった返していた。これほどの人波とあっては小さな駅舎はミスマッチだが、この小さな駅舎が賑わうのは、新十津川行きが到着する9:28から、折り返し石狩当別行きが出発する10:00までの、たった32分間でしかないのだ。現在は10:00発となっているが、2018年3月のダイヤ改正までは更に早く9:40発だったから、停車時間は僅か12分だった。小さな駅舎の慌ただしさは、今の比ではなかったのだろう。

▲降車客と乗車客で賑わう小さな新十津川駅舎
▲サッポロビールの広告枠が「ようこそ札沼線終着駅」となっていた ここは今でも札沼線なのだ

かつての出札窓口は「新十津川町観光案内所」として機能しており、記念入場券を買い求める乗客が列をなしていた。1両きりのキハ40が乗客を待つ傍ら、小さな木造駅舎の小さな出札窓口に、きっぷを求める乗客が列を作るさまは、まさに往年の北海道のローカル線を彷彿とさせる。往年と違う点があるとすれば、窓口に並んでいるのは地元客でなく観光客であること、買っているのは乗車券でなく入場券であること、そしてこの駅から出ていく列車は1日1本しかないことくらいか。

▲かつての出札窓口。学園都市線でなく「札沼線」をPRする掲示が多い

出札窓口では入場券しか発売していないため、「駅前徒歩ですぐ寺子屋へ ここでしか買えない終着駅グッズ発売中」と書かれたポスターが貼ってあった。その案内の通り、駅舎を出てすぐのところに「寺子屋」と書かれた小さな店があった。新十津川駅の駅名標をあしらっみたクリアファイルや、ホーロー看板を象ったミニ幟りなど、グッズがたくさん。事実上、新十津川駅の土産物売り場として機能していた。本来は地域住民の交流場として、喫茶店的な使われ方をしているようだが(ドリンクメニューもある)、列車到着時の32分間だけは別なのだろう。

▲駅前の景色。正面が「寺子屋」

新十津川駅は北海道にしては珍しく(?)新十津川町の中心部にあり、地域の拠点病院として機能する空知中央病院が駅に隣接するほか、新十津川町役場も徒歩5分ほど。これだけを書けば恵まれた条件のように思うが、新十津川駅からは札幌まで約2時間半を要する各駅停車しかなく、バスで15分の滝川駅からならば札幌まで特急で約1時間。バス乗車時間・乗り換え時間を含めても札沼線よりも1時間早く札幌に着き、かつバスは1~3本/h、特急も1~2本/hの高頻度運転とあらば、新十津川町民にそっぽを向かれるのも道理である。

▲少し離れると小さな駅舎が持つ雰囲気が際立つ
▲駅前に位置する空知中央病院。かつては札沼線を利用して通院する患者もいたという

それでも、2016年3月のダイヤ改正までは9:41発(現在は10:00発)のほかに12:59発と19:22発の2本があり、この時代は空知中央病院への通院利用もあったという。最も、始発列車の到着が9:28、出発が9:41とあっては通学利用にはまるで役に立たず、この時点で僅かな通院利用しかなかったことは想像に難くない。バスで僅か15分の場所に滝川駅があったがために、新十津川町民にとって、新十津川駅が無くても交通には全く不便がなかった。近くて遠い滝川駅が、新十津川駅の命運に引導を渡したといっても過言ではない。

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「新十津川町の幹線“滝新線”」

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