「宮古のファミマまで!」
16:30、佐和田車庫発。共和バス【7】伊良部佐良浜平良線、平良港行き。例によって佐和田車庫からの乗客は自分だけで、下り方向の活気はどこへやら。
しかしながら、次の「スーパーみなみ前」でお年寄りが1名乗車。さすが伊良部島のメインストリートだけあって、少ないながらも人の流れがある。
そのお年寄りは5つ先の「国仲公民館前」で下車。入れ替わりに中高生が1名乗車し、「宮古のファミマまで!」と乗務員さんに告げ、どっかりと座席へ座った。その姿勢にはおどおどした雰囲気は微塵もなく、いかにもバスに乗り慣れている感じ。
「宮古のファミマ」とは、宮古島に6つある停留所のうち、宮古島に入って3つ目となる「ファミリーマート宮古久貝店前」のことで、平良市街地の外延部に位置する。もちろん彼はわざわざ宮古島のファミマへ行くのではなくて(ファミマなら伊良部島にもある)、野球場やテニスコートを備えた「カママ嶺公園」が隣接しており、恐らくは部活か野球チームの練習か何かで、カママ嶺公園へ向かうところなのだろう。もっとも到着は17時を過ぎるが、クラブであれば夜までナイター照明を使って練習しているのかもしれない。伊良部島内には、なかなかそういった設備はないだろう。
こういった動きは伊良部大橋開通前には無かったことだろう。かつて平良港―佐良浜港を結んだ高速船「うぷゆう」の最終便は平良港19:50発で、共和バスの最終19:00発(土休日は18:00発)よりも遅かったものの、それを過ぎると宮古島から伊良部島へ渡る術はなかった。現在は最終バスを逃しても、タクシーで2,000~2,500円程度で往来できるため、夜間の移動でも問題ない。佐和田車庫~平良港間のバス運賃は630円だが、3人で相乗りすればタクシーでもバスよりやや高い程度で収まる。移動の自由度が格段に上がったことは、伊良部島の住人にとって、生活の幅を格段に広げたと言えるだろう。
浜から台地へとゆるやかに上がり、サトウキビ畑の中を行く。先ほど荷物を出すオジイを降ろした「郵便局」…もとい「徳洲会病院前」で、病院帰りと思しきオジイを乗せた。足が悪いのかスムーズな乗車とはいかないものの、「すいませんね、ありがとうね」と、オジイは乗務員さんへ「待たせてしまって悪い」といったメッセージを発していた。島のバスは、こうしたクルマを運転できない島の住民の生活を支えている。
佐良浜集落の一番上にあるものの、伊良部側から真っ直ぐ繋がる県道90号と、佐良浜集落をバイパスし佐良浜港から真っ直ぐ繋がる県道204号との交差点に面したこの立地であれば、クルマでもバスでも、伊良部島のどこからでも通院しやすく、よく考えられた立地と言える。隣には伊良部島唯一のコンビニ・ファミリーマート宮古伊良部店が立地し、実質的に病院の売店として機能しており、買い物にも不便はない。先述したように佐良浜郵便局も隣接しており、平地が乏しい佐良浜にあって、公共施設が集積する一帯となっている。
余談ながら、さっきの中高生が「宮古のファミマまで」と言ったのは、この「伊良部のファミマ」と区別する意味合いもあるのだろう。伊良部島で単にファミマと言えば、佐良浜の宮古伊良部店を指すはずだ。
夕方の上り平良港行きは、狭隘区間となる佐良浜小中学校前経由ではなく、県道を直進する「上里商店前経由」となる。その上里商店前あたりを頂点に、佐良浜港へと急激に転がり落ちていくかのようなきつい勾配を下りていくため、佐良浜港の先の伊良部大橋、その先の宮古島がよく見えるのだ。青い海を山の上から見るという、なんともユニークな景色。そして、そのきつい坂道を使って、多くの中高生が走り込みに励んでいた。来間大橋につながる来間島にもいたが、佐良浜のこの坂は来間島の比ではない。これだけきつい坂でトレーニングを重ねれば、相当な健脚になることだろう。
徳洲会病院前から乗ったオジイは、その坂を下り きった先、佐良浜港の一つ手前「大主神社前」で降りていった。距離にして僅か1km程度だが、あの坂道はとても足の悪い高齢者が辿れる道ではない。下り佐和田車庫行きでも、佐良浜集落から佐良浜郵便局までの1km足らずをバスに乗ったオジイがいたように、集落内の高低差を克服する手段として、バスが使われている。
オジイが降りた後は、「宮古のファミマ」へ向かう中高生が1名と自分だけが残った。
かつての佐良浜港旅客ターミナルビルから屋根が直接つながる、立派な停留所に人影はなかった。佐良浜港からフェリーが発着していた時代は、まさにここが伊良部島の玄関口だったのであり、共和バスにとってもここがターミナルであった。しかし、その機能が失われて4年以上が経ち、佐良浜港の活気も失われて久しい。もはや待つ人がいないとあっては、ロータリー状となっているこの停留所に寄り道する意義にも乏しく、立派な上屋の維持も早晩課題になるであろう。
そして、伊良部大橋の開通だけでなく、下地島空港の再旅客化、東京/成田・大阪/関西発着の就航によって、佐良浜は宮古島と下地島空港を結ぶメインルートからも外れてしまうことになった。そうして、人の流れから外れるようになってしまった佐良浜が、今後どのような未来を歩むのか。寂れた漁師町の姿を隠せない今はまだ、未来が見渡せる状況にはない。
再び伊良部大橋を渡る。夕方5時を過ぎたことで、宮古から伊良部へ帰るらしきクルマの流れの方が強い。伊良部から平良市街へ通うなら、同じ宮古島の旧城辺町あたりから通うのと大差はないどころか、道中の多くを信号のない伊良部大橋が占めるために、スピードでは寧ろ早いくらい。高校生がそうであるように、伊良部大橋を通って毎日クルマで通勤する人もいることだろう。
橋がなければ毎日フェリーで通勤するといったことは難しい。クルマを佐良浜港に止めてしまえば、宮古島に渡ってからはタクシーやバスに頼るほかなくなってしまう。かといって毎日クルマをフェリーに積んで通勤するのは運賃が高い。平良市街で酒を飲んだとしても、運転代行を頼んでしまえばラクに帰れる。伊良部大橋は、伊良部島の住民に移動の自由をもたらしたのだ。
橋を渡りきり、「ファミリーマート宮古久貝店前」で例の中高生を降ろした。回数券を手早く乗務員さんへ渡すと、少年は風のようにバスから飛び出していった。きっと友人が待っているのだろう。あの勢いは恋人かもしれない。そんな彼らの仲を、ローカル路線バスが取り持っているのだと思うと、三菱ふそう・ローザの華奢なボディが、やおら頼もしく感じるようになるから、不思議なものだ。
下校時刻を迎えたが、「実業高校前」から平良港行きに乗る高校生はいなかった。
この時間帯に実業高校前へ立ち寄るバスはこの【7】だけなのだが、あと1kmほどで終点・平良港であり、次の公設市場前まで歩けば直接他のバスに乗れるのだから、乗客がいないのも無理はない。そのような状況とあっては、行きのように宮古病院へ寄ることもなく、バスはスピードを緩めない。
最後の停留所、公設市場前を過ぎると、平良港へ繋がる下里通りを走る。居酒屋がのれんを出し始めており、観光客がちらほらそぞろ歩いている。
そして17:20、バスは終点・平良港へと戻ってきた。ファミマで少年を降ろしてしまったので、乗客は当然、僕だけだ。
佐和田車庫からの630円を支払って下車。「はい、どうもありがとうね。いい画は撮れたかい?」「ええ、おかげさまで。バスで伊良部大橋を渡るっていう、目的が叶ってよかったです」「そうかい。それじゃ、気をつけてな」…島の乗務員さんは、最後まで旅の者に親切だった。これぞ、「おもてなし」という気がする。
折り返し17:30発・佐和田車庫行きを待つ乗客が3名おり、僕と入れ代わりに乗り込んでゆく。今日は日曜日、次のバスは18:00発の最終・佐和田車庫行き。平日と本数は変わらないながら、土休日は最終が1時間も早い。
伊良部の人々を乗せたバスは、そそくさと17:30に佐和田車庫へ折り返していった。去りゆくバスへ、なんとなく手を振る。すると、乗務員さんもこちらへ手を振ってくれた。去りゆくバスへ手を振り、バスの車内からもこちらへ手を振り返す。飛行機を送り出す整備士のような気持ちだ。
今度はちゃんと、伊良部島を巡ってみようか。素通りしてしまうには惜しいほど、その朴訥なまでの心意気がさわやかな、伊良部島を走る共和バスなのであった。
(つづく)