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【山梨】たった2台で道志村を走る――富士急山梨バス道志線 #48

山伏峠を越えて

山中湖平野のバスターミナルを出て、「相模原 道志」方面へと右折する。相模原市中心部までは50km以上あるが、国道413号「道志みち」は東京・横浜方面と山中湖を繋ぐ裏街道として、確固たる存在感を示している。

「平野の次が石割山いしわりやまハイキングコース入口です。バス停じゃなくて登山口の前で止めますから、ご準備くださいね」

ハイキングの御一行は道志村まで行くのかと思っていたが、平野の次の「石割山ハイキングコース入口」で降りてしまうそう。道志村との境をなす「山伏峠」停留所までにはもう2つの停留所があるが、道志村に入るまでに貸切になってしまうようだ。貸切になってしまう前に、御一行のリーダーっぽい方に聞いてみた。

「次で降りて、どちらへ向かわれるんですか」

「ここで降りて、石割山を登るんですよ。石割山からは山中湖と富士山がきれいに眺められるそうで、それが楽しみでねぇ。石割山からは縦走ができるんで、山中湖の北側を廻って、山中湖のバス停に戻ってくる予定ですね。全部で5kmくらいなので、まあ、3〜4時間かなと」

山中湖のバス停というのは、西岸にある「富士山山中湖」のバス停のことだろう。東富士五湖道路山中湖インターに最も近い停留所であるため、富士吉田・東京方面と高速道路で直結しており、これら方面から山中湖へは最寄りとなる。「ホテルマウント富士入口」の副名称も付き、観光の一拠点となっている。

「はい、お待たせしました。登山口、到着です」

山中湖旭日丘から9分で「石割山ハイキングコース入口」に到着し、ハイキングの御一行が下車。みな動物除けのベルを鳴らしながら、ICカードをタッチしてスムーズに降りていく。ひところ前なら(都会の人には慣れない)整理券と小銭の両替で四苦八苦していたところで、やはりICカード導入による効果は大きい。

▲石割山ハイキングコース入口で団体を降ろす

山中湖村のHPを見ると、経由する路線が道志線のみで本数が非常に少ない「石割山ハイキングコース入口」停留所よりも、一つ手前で新宿直通の高速バスも発着する、山中湖平野をハイキングコースの最寄りとして案内していた。当然の配慮といえば、それまでだが。道志線単独区間はたった1区間のみの乗車であっても、山中湖平野でなく石割山ハイキングコース入口まで乗ってくれるハイキング客は、道志線の貴重な乗客である。

賑やかな御一行が道志村へ入る前に降りてしまい、道志小学校行きは早くも貸し切りになってしまった。山梨県警が出している国道413号「道志みち」の電光案内に、「国道413号 神奈川県内 台風により全面通行止」との案内が見える。

▲神奈川県内の土砂崩れを伝える電光掲示板

「貸し切りになっちゃいましたね。どうします?キャンプ場の前のところで降りちゃうか、それとも中山のバス停まで行っちゃうか」

「じゃあ、それでお願いします」

「カーブになっているんで、降りて道路を渡る時、気を付けてね」

さすがは道志線を預かる乗務員さん、路線状況まで知り尽くしている。道志線は山中湖平野より先で自由乗降の取り扱いをしているようで、バス停でない場所でも柔軟に降車させてくれるようだ。

だんだんと谷が狭まり、サミットに向けて高度を稼いでいく。それにつれて、きついカーブも出てくる。

▲山中湖畔を離れるときつい上り坂が続くようになる

「それにしてもお客さん、良かったね。唯一、道志を走っているバス、これしかないから。連絡してもらっていたから、いくらでも待ちますよ。はっはっは」

ロードレースの自転車を追い抜いた。それも、1台でなく複数。対向車もあった。

▲ロードレーサーを追い越しつつ、ライダーとすれ違う。道志みちは二輪車天国

「ここはね、オリンピックの時にロードレースのコースになるんですよ。確か、味の素スタジアムがスタートになるんじゃないかな。それで、富士スピードウェイがゴール地点だ。だからか、最近は自転車が本当に多いんだ」

飛田給の味の素スタジアムから神奈川・山梨を越え、静岡の富士スピードウェイまでとなると、道のりは約100km。そこをロードレーサーは3時間程度で走り抜けてしまうのだという。クルマとほぼ変わらないのだ。そのロードレーサーたちが、オリンピックを前に、道志村へ多数やって来ている。道志村としても、ロードレーサーたちを歓迎することは、キャンプに次ぐ観光の柱を築くことに繋がるだろう。

山伏峠やまぶしとうげ」停留所を過ぎると、山中湖村と道志村を分かつ山伏トンネルに入る。トンネル自体の長さはさほどでもなく、100m程度だ。それにしても、峠の周囲は人家一つ見えない、鬱蒼とした山林である。果たして、あんな峠のところにある停留所を使う人など、いるのかどうか。いるとしたら、山林の管理者みたいな人か。もっとも、そんな人は1日数便の路線バスでなく、クルマを使って来るに決まっている。

▲トンネルのすぐ手前にある山伏峠停留所
▲このトンネルを抜けるといよいよ道志村

「こっからはね、もうずっと下りです」

峠の名にふさわしく、トンネルを出ると、それまでのきつい登りがうそのような下り坂に変わった。しかしまあ、「山伏峠」の名に違わぬ、修行中の山伏にでも出くわしそうな山中である。

▲トンネルを抜けた途端、きつい下り勾配に変わる

トンネルを出たところの待避所に停車し、後続車を先行させる。クルマ数台と、ロードレーサーが追い抜いていった。

▲待避所でロードレーサーが追い抜いていくのを待つ

「速いでしょう、ロードレーサー。この山道だから、バスはいいとこ50km/hくらいしか出せないんだけど、ロードレーサーは60km/hは優に出してるね。自転車のスピード違反ってのはどうなるんだか、って思うけど」

▲やっと道志村に入った瞬間である

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バスがあるのに送迎が要る理由

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