中国・四国

【徳島】DMVを迎える”四国みぎした”へ──JR牟岐線・阿佐海岸鉄道阿佐東線 #84

徳島県にDMV(Dual Mode Vehicle)が走り始める。「線路も走れるマイクロバス」という、世界初の交通機関だ。

そのDMVが走るのは、阿佐海岸鉄道阿佐東線という、全線僅か8.5kmの短距離路線。起点の海部駅は徳島駅から80kmも離れ、徳島県内でも最も奥地にあたる地域である。

その阿佐海岸鉄道に、なぜ世界初のDMVが走ることになったのか。徳島県や地元自治体は、なぜ奥地の鉄道にDMVを導入することを決断したのか。DMV導入に至るまでの過程に、どういった議論があったのか。

世界初の挑戦を前にした「四国みぎした」の今を見るべく、早朝の徳島駅へ降り立った。

目次

“徳島市駅”と化したJR徳島駅

徳島駅は指定席券売機こそあれど自動改札がなく、今も昔ながらに駅員が「舟」に立つ。かつては新幹線のない地方都市の中心駅はどこもこんなものだったが、新幹線の延伸やICカードの導入により、このような光景は姿を消しつつある。

同じJR四国管内の県庁所在地駅でも、山陽新幹線からの乗り継ぎ利用が多い高松駅や高知駅は既に自動改札化(高松駅はIC対応)されている。また、岡山からの特急しおかぜが多数発着し、高松・高知と共に山陽新幹線の乗り継ぎが多い松山駅も、現状は徳島駅と同じ有人改札しかないものの、2024年度を目途に高架化工事が進んでいることから、高架化と同時に自動改札化されるだろう。そういった意味では、徳島駅は少々後れを取っているのかもしれない。

ただ、徳島駅が他の3県庁所在地駅と違うのは、山陽新幹線との結節利用が少なく、ほぼ四国内の輸送に限られるという点である。それも、隣県まで向かうのは高松行きの高徳線特急「うずしお」くらいなもので、徳島線・牟岐線は特急を含め、全列車が徳島県内止まり。こうなると徳島駅の乗客の大多数は徳島近郊までの乗客ということになり、長距離客の比重は四国4県庁所在地駅の中で最も低くなるのではないかと思う。従って、新幹線が絡んだ複雑な切符も少なく、大抵は徳島近郊の短距離切符ということになり、自動改札機を導入する必要性も薄い。現状の徳島駅は、さしずめ伊予鉄道松山市駅のような都市近郊輸送のターミナルということになり、「徳島市駅」とでも呼びたくなってくる。松山市駅もICカードの普及に伴い、自動改札機をむしろ撤去したというのも、徳島駅と似ている。

そんな徳島において、長距離輸送のターミナルを果たしているのは、もっぱら徳島駅前のバスターミナル。特に、徳島から京阪神へは神戸淡路鳴門自動車道経由の高速バスが完全に主役である。JR四国自ら、ジェイアール四国バスによって「阿波エクスプレス神戸号」「阿波エクスプレス大阪号」を各1時間1~2本、神戸三宮まで1時間50分・運賃3,400円、大阪梅田まで2時間45分・運賃3,800円という安さとスピードを兼ね備えた高速バスを多数運行している。山陽本線(JR神戸線)と連絡する高速舞子までなら僅か1時間20分であり、神戸行きも大阪行きも両方利用できるため、本数も毎時3~4本にまで増える。舞子駅から神戸の中心・JR元町駅までは快速電車で18分であり、三宮まで高速バスを乗り通すよりも早くなる。

こうなると瀬戸大橋線・岡山経由となる鉄道の出番はほぼなく、あるとすれば岡山・広島・博多方面の山陽新幹線下り方面への連絡くらい。それを反映してか、通常は徳島―高松間の高徳線特急うずしおが1日2往復のみ岡山へ足を延ばしており、徳島駅を発車する唯一の本州連絡列車となっている。午前発のうずしお6号岡山行きは、岡山でのぞみ11号博多行きへ18分で連絡しており、徳島8:23発―岡山10:33着/10:51発―広島11:26着―博多12:33着というリレーを形成している。広島まで3時間3分、博多まで4時間10分というリレーは、松山観光港―広島港を結ぶ高速船(松山市駅~広島駅間約2時間30分)と比べても大きく劣るものではなく、徳島駅からの新幹線連絡を絶やさない!・・・とでも言うかのような、JR四国の意地を感じる。

残念なのは、JR四国が誇る東京直通列車・寝台特急サンライズ瀬戸(高松―東京)との連絡が悪い点。上りサンライズ瀬戸は高松21:26発→東京7:08着と、新幹線・航空の最終より後に高松を出て、新幹線・航空の始発より前に東京へ到着するという理想的なダイヤを組んでいるが、これに間に合う特急うずしおは徳島19:32発→高松20:38着のうずしお28号となり、高松で48分の待ち時間が生ずる。

高松駅構内で最後の讃岐うどんを啜れるように配慮されているのかもしれないが、徳島19:32発では徳島空港発の最終羽田行き(JAL464便:徳島空港20:35発→羽田空港21:45着)へ接続するリムジンバス(19:05発)や、新神戸発の山陽新幹線最終東京行き(のぞみ64号:新神戸21:08発→東京23:45着)に接続する高速バス(阿波エクスプレス神戸号:徳島駅前19:00発→新神戸駅前20:58着)と大差なく、これではその日のうちに東京へ到着できる航空や、高速バス+新幹線へ流れてしまうだろう。特急うずしおの徳島発を20時過ぎくらいにして高松10分接続くらいにすれば、徳島を最も遅く出発する東京行きとなることから、需要の掘り起こしにもなるのではないかと思うのだが。

徳島駅からは3方向に路線が伸びる。このうち高徳線は高松・岡山方面への特急「うずしお」、徳島線は阿波池田・高知方面への特急「剣山つるぎさん」が走り、県外への広域交通ルートを形成している。高徳線は特急「うずしお」が1時間に1本走る特急街道であるが、普通列車の運転は16.5km先の板野までであれば1時間に1本が走るものの、そこから先の香川県内へ足を延ばす普通は9往復しかない。ただ、10.3km先の池谷いけのたにで鳴門線が分岐するため、池谷までは鳴門線直通の普通も概ね1時間に1本が走る(一部は池谷乗り換え)。このため、高徳線・鳴門線が重なる徳島―池谷間は、平均30分間隔で普通が走る。

高徳線とは対照的に、普通列車が多く走るのが徳島線である。徳島県は両岸に広い平地を伴う四国最大の河川・吉野川に沿って人口が集積しており、徳島線は岡山・高松―高知を結ぶ土讃線と接する阿波池田まで、全線にわたって吉野川と並行して走る。このため、38.6km先の穴吹あなぶき(美馬みま市)までほぼ30分間隔、74km先の阿波池田(三好みよし市)まで1時間1本(阿波池田行きのうち2~3本に1本が特急剣山)が確保されており、普通の本数は高徳線よりも多い。

それにしても、2往復のみ走る阿波川島止まり(徳島から22.7km)を除き、全ての列車が徳島から40km近く離れた穴吹まで行き、ほぼ終日30分間隔という頻度を確保しているのには感服する。徳島線の都市圏区間はかなり長い。

鉄道とバスが連携する牟岐線

これに対し、南へ向かう牟岐線はもっともローカル感が漂う。徳島から79.3km先の終点・海部かいふで阿佐海岸鉄道阿佐東線と接続するものの、その阿佐東線も徳島県最南端の宍喰ししくい(海部郡海陽町)を経て、僅か8.5km先の甲浦かんのうら(高知県安芸あき郡東洋町)で終点となる。甲浦の1駅のみ高知県に入るものの、そこから先の高知県内はバスに頼っている。このため、牟岐線は広域連絡の機能をほとんど持たず、徳島県内のみの輸送を担うローカル線と言ってよい。

なお、牟岐線にも特急「むろと」が1往復設定されているが、朝の上り徳島行き1本(牟岐7:00発→徳島8:18着)、夕刻の下り牟岐行き1本(徳島19:33発→牟岐20:50着)のホームライナー的な1往復が走るのみであり、観光利用にはおよそ向かない。かつては日中およびラッシュ時運転の「ホームエクスプレス阿南」と合わせて3往復程度が走り、中でも1998年~2001年までは阿佐東線甲浦まで乗り入れていたものの、愛称にもある室戸岬へは海部・甲浦と2回の乗り換えを強いられるからか、観光利用は振るわなかったようだ。

牟岐線沿線には高速道路が開通していないため、高速バス・都市間バスの運行も行われておらず、徳島―阿南―阿波橘間でローカル路線バス(徳島バス)が並行するのみである。このため、徳島から室戸岬方面へ公共交通機関を利用して向かうには、牟岐線の普通列車に2~3時間にわたり乗り続けるほかないということになる。

しかしながら、牟岐線は2019年3月のダイヤ改正で9:30~19:00までがパターンダイヤによる運行となり、普通列車の利便性が大幅に向上したのだ。全線通しの海部行きが徳島発9:30・11:30・13:30・15:30・17:30の2時間おきに走る以外、阿南行きが30分間隔で走るようになり(夕刻の徳島16:30・18:30発のみ牟岐行きとなり、徳島発15:30〜18:30は阿南―牟岐間が60分間隔となる)、徳島―阿南間24.5kmはほぼ終日30分間隔と、JR四国のなかでも予讃線高松近郊に次ぐ、屈指の普通列車頻発区間となったのである。

徳島―阿南間には徳島市(人口260,000人)をはじめ、小松島市(37,000人・県内5位)・阿南市(70,000人・県内2位)と中都市が連続するため、徳島市に向かうばかりでなく、徳島市→阿南市への通学など、輻輳した流動が見られる。このため普通列車の需要が高いが、高徳線・徳島線と違って阿南から先に「市」がなく、都市間連絡を主とする特急の需要が低い。阿南市の次の「市」は、から遠く150kmも離れた高知県室戸市(人口12,000人)、190km先の安芸市(人口16,000人)まで、まとまった人口を持つ市はない。阿南から先が急速にしぼんでしまうことから、このような減量化に至ったのだろう。

徳島―阿南間24.5kmは32往復(うち特急むろと1往復)が走るのに対し、阿南―牟岐間43.2kmはいきなり半分以下に減り12往復(うち特急むろと1往復)、末端部の牟岐―海部間11.6kmは更に減り普通のみ10往復となる。都市型ダイヤへの移行が図られつつある阿南以北と、阿南以南の格差が拡大することになった。

これを補うため、徳島バスの大阪―室戸線のうち、阿南駅前―甲浦駅前間が乗降とも可能になり、普通列車が2時間おきとなる時間帯の穴を埋めることとなった。

しかしながら、普通列車をカバーするという目的から、阿南─甲浦間の乗車では甲浦駅を越える利用はできない。そのため、徳島―室戸間の利用では従来通り牟岐線・阿佐東線と高知東部交通バスを乗り継ぐほかない。また運賃の共通化までは踏み込めなかったため、JR利用+阿佐東線利用と、JR+バス利用ではそれぞれ運賃が異なることなど、まだ「共通利用」と呼べるレベルには至っていない。しかしながら、並行して走る鉄道と高速バスが、ライバル関係から相互補完関係に移行したという点で、異業種間の連携が難しい日本の公共交通機関においては、画期的な出来事と言えるだろう。

JR四国自身、鉄道の存続だけでなく、地域全体の公共交通機関のあるべき姿を考えているという。そうでなければ、今回の牟岐線のダイヤ改正のように、いたずらに阿南以南の鉄道の乗客を減らすような真似はできない。今回の牟岐線のダイヤ改正は、四国内の各所で類似の取り組みが始まっていくに際しての試金石なのかもしれない。

土曜朝の下りは高校生で満員に

2019/9/7・朝6:30、徳島駅へ降り立った。これから、徳島6:47発―(牟岐線普通海部行き)―海部9:09着/9:15発―(阿佐東線甲浦行き)―甲浦9:26着・・・甲浦駅前9:59発―(高知東部交通バス安芸営業所行き)―室戸岬10:49の乗り継ぎで、室戸岬を目指す。

6:47発普通海部行きは、徳島線の上り始発(穴吹5:32発)。徳島からでも終点・海部へは2時間22分と結構な長丁場であるが、穴吹から全区間乗ったとすると3時間37分もかかり、徳島県内をほぼくまなく巡ることになる。

徳島駅を発着する列車は基本的には徳島始発・終着となるが、この徳島6:47発海部行きに続き、朝の牟岐線下り列車は徳島線からの直通が3本続くため、徳島線から徳島駅を跨ぐ利用が少なからず存在しうることがわかる。反対に、牟岐線から徳島駅を跨ぐ上り列車は2本しかなく、行先も高徳線と鳴門線に分かれることから、牟岐線から徳島駅を跨ぐ動きは多くないのだろう。

  • 【徳島駅を跨ぐ牟岐線列車(下り)】
  • 徳島6:47発海部行き(徳島線穴吹5:32発→徳島6:33着/6:47発→海部9:09着)
  • 徳島7:18発桑野行き(徳島線穴吹6:02発→徳島7:10着/7:18発→桑野8:21着)
  • 徳島7:51発阿南行き(徳島線阿波池田5:47発→徳島7:37着/7:51発→阿南8:35着)
  • 【徳島駅を跨ぐ牟岐線列車(上り)】
  • 徳島7:06発高徳線板野行き(阿南5:59発→徳島6:44着/7:06発→板野7:46着)
  • 徳島7:31発鳴門線鳴門行き(牟岐5:51発→徳島7:29着/7:31発→鳴門8:09着)

これは、徳島県庁が徳島駅でなく、牟岐線で1駅先の阿波富田あわとみだ駅を最寄り(徒歩5分)とするなど、徳島駅から南西にかけて広がる徳島市街地への通勤・通学需要への対応も兼ね、徳島県内で人口が集積する徳島線から、牟岐線阿波富田・二軒屋にけんやなどへの直通需要に応えているものと思う。阿波富田駅は1986年開業の新駅で、単式1面1線の無人駅ながら、朝晩1往復の特急むろとも停車するなど、無人駅にしては扱いが高いという特徴を持っている。

その穴吹5:32発→徳島6:33着/6:47発の普通海部行きは1200形気動車のワンマン1両で到着したが、14分停車の間に前(海部寄り)に1200形気動車をもう1両連結。都合2両編成となり、ワンマン運転ではなくなった。発車までに1両に15名程度の乗客を乗せたが、うち3名ほどは徳島到着から動かない。土曜の朝だったが、徳島線から牟岐線へ直通する乗客はやはりいるのだ。

6:47、徳島発。牟岐線普通海部行き。

徳島駅を出てしばらくは、徳島駅の裏手に併設された徳島運転所の側線が並行する。まるで複線区間のようだが、駅から徒歩10分程度の徳島市役所付近で側線は途絶え、あとはずっと甲浦まで非電化単線が続く。盛土高架がしばらく続き、牟岐線の市街中心部に踏切はない。

マンションやオフィスビルが混在する中を進んでいくと、徳島駅から1.5km、3分で阿波富田。先述したように徳島県庁の最寄駅であり、「徳島県庁前駅」でもいいんじゃないかという気はするが、そこは1986年開業の国鉄式に、旧国名+所在地名という極めてオーソドックスな命名となっている。

市街地の中に後から付け足した駅だけあって、片面ホーム1面1線で、駅舎といっても券売機が1台置いてあるだけで、待合室なんて気の利いたものはなく、最低限の設備しかない。当然、駅前広場だのバスターミナルだのタクシー乗り場だのといった、クルマと連携するような設備は全くなく、線路と並行して駐輪場があるだけという、都市型の駅である。素っ気ないホームには、3名が待っていた。早速2名の乗客を降ろし、出発。

阿波富田駅を出てすぐ、徳島駅を出て初めての踏切を渡る。「市街地の中の駅を出てすぐの踏切」というと、なんだか東急池上線あたりの雰囲気にも通ずるものがある。クルマ社会・徳島にあってこのようなクルマ関係なしの駅が成立するあたり、さすがは県庁所在地といったところか。

阿波富田から1.4kmで二軒屋。徳島駅を出て初めての交換駅であるが、6時台とあってはまだ交換なし。構内踏切で木造駅舎に結ばれるのは昔のままだが、駅に隣接して県内大手スーパー「キョーエイ」があるほか、駅近くに大規模なマンションが複数建っており、高いものは15階もあり、徳島近郊の駅として鉄道も利用されている様子が見られる。駅前スーパーに駅前マンションという二軒屋駅前の様は、非電化単線であることを除けば、東京の私鉄沿線のそれと大して変わらない。

二軒屋から1.1kmで文化の森。1990年開業の新駅であり、近代的な高架駅。駅名にある「徳島県立文化の森総合公園」へは2kmほど離れており、公園へのアクセスは専らバスであり鉄道利用はあまり向かないが、駅周辺は二軒屋から続く住宅街となっており、下り海部行きにも2名が乗った。

やや大きな川を渡るがまだ徳島市内。文化の森から次の地蔵橋までは2.1km離れており、だんだんと駅間距離が開いてくる。それにつれて景色も住宅街に田園地帯が混ざるようになってきて、長閑になってくる。

徳島市内最後の駅、地蔵橋駅は単式1面1線だが駅舎寄りの1線を撤去した跡があり、かつて交換駅だったことが窺える。牟岐線阿南までは概ね3〜5kmごとに交換駅があるが、地蔵橋を挟む二軒屋〜中田(ちゅうでん)間は6.4kmにわたり交換駅がなく、ダイヤ上のネックになっている。このため、地蔵橋駅への交換設備再設置が検討されているものの、まだ具体化していない。

地蔵橋を出ると大きく田園が広がる。徳島市最南端のこのあたりに、現在は徳島駅に隣接している徳島運転所を移設する計画があり、市街化が抑制されているらしい。徳島市街地は駅と眉山に挟まれて奥行きに欠けるため、徳島駅高架化・徳島運転所移転による広大な土地の捻出が期待されている。

しかしながら、徳島県内唯一のデパートである徳島そごうの2020年8月閉店が10/10に発表されたばかりで、徳島駅前の商業の不振が浮き彫りとなった。

‪そごう徳島店、2020年8月末閉店 郊外店や人口減で苦境|徳島の話題,経済|徳島ニュース|徳島新聞https://www.topics.or.jp/articles/-/269194

そういった中で、大きな徳島駅の高架化・徳島運転所移転による再開発を推し進めるべきかと言えば、疑問符がつくのかもしれない。地蔵橋の田園地帯は、その結論が出るのを静かに待っている。

やや大きな勝浦川を渡ると小松島市に入り、地蔵橋から3.2kmで中田(ちゅうでん)。かつてはここから小松島線(中田─小松島港仮乗降場間1.9km)が分岐…というか、1913年に徳島─小松島間で開業していたところに、1916年になって中田から牟岐線が分岐するようになったという方が正しい。1961年に徳島─中田間は小松島線から牟岐線へと所属が変わり、小松島線は中田─小松島間1.9kmのミニ路線となった。

小松島線の終点・小松島港仮乗降場からは和歌山港行きの南海フェリーをはじめ関西方面への各種船舶が接続し、徳島線直通の急行列車も徳島止まりでなく小松島港まで来ていたものの、ミニ路線となったことが災いして収支が悪化するようになり(利用の多い徳島─中田間のカウントが小松島線に入らない)、1985年に廃線となっている。その小松島線の廃線跡は、右へ曲がっていく牟岐線に対してまっすぐ伸びており、かつて本線であった歴史を感じさせてくれる。

小松島市内に入って再び家々が建て込むようになり、中田から1.7kmで南小松島に着く。小松島線小松島駅亡き後の小松島市の代表駅であり、特急むろとの停車駅でもある。ここまでで一番多くの高校生たちが海部行きを待っていた。座席は隙間なく完全に埋まり、ドア間には20名ほどが立つようになった。

徳島駅を出てから初めて上り徳島方面鳴門行きと交換し、2分停車。鳴門行きは1500形の2両編成で、結構立ち客がいる。徳島駅に着く頃には満員だろう。7:08、南小松島発。

南小松島からは駅間距離が徐々に開くが、景色は家々と田んぼの交互といった感じであまり変わらない。南小松島から3.3kmで阿波赤石で、1面1線ながらここも高校生多数。車内は立ち客が増えてきて、立ち客の間隔が詰まってきた。

阿波赤石から1.4kmで立江。1951年に小松島市に編入されるまでは那賀郡立江町で、今でも立江地区の中心であるために乗客は多い。ここでキハ47形2連の上り徳島行きと交換し、3分停車。7:18、立江発。

さらに2.1kmで羽ノ浦。ここからは阿南市となり、阿南へは市内通学となることもあるからか、南小松島と同じくらいの大量の高校生が海部行きを待っていた。ここまで来るともはや満員に近く、高校生たちは荷物を床へ降ろし、肩が触れ合っているほど。立江で交換してまだ1駅だが、ここでも上り徳島行きと交換するため5分停車。

羽ノ浦で交換した上り徳島行きは1500形1両+1200形2両の3両編成。14分の間に2両→3両の徳島行きが続行するダイヤで、徳島到着は8:05であり、最混雑列車と思われる。交換駅の間隔が偏っていて、上り列車を優先するために、下り海部行きは待ち時間が長くなるようだ。7:25、羽ノ浦発。

西原、阿波中島と経て、大きな那賀川を渡ると通学の目的地たる阿南。

7:35に阿南へ到着すると、2両編成計6か所の扉からドーッと高校生の波がはけていく。

これだけ徳島から下り方向の通学があるとは思いもよらず、徳島方面への片方向でなく、双方向に流動があるのは、まさしく都市圏区間である証拠。徳島─阿南が30分間隔のパターンダイヤになったのも納得の通学列車模様であった。

阿南で2本の上り列車と交換するため、11分停車。ここから先はローカル色が濃くなっていく。

(つづく)