与那国島を巡る”無料”路線バス
与那国島へのアクセスは以上のとおりであるが、人口2,000名におよぶ島だけに島内の公共交通も整備されている。それも、西表島の人口2,400名よりも少ないが、サービスレベルは西表島交通のそれよりも高いものだ。
島内交通を担うのは「与那国町生活路線バス」である。1日9本+区間運行の片道1本があり、祖納の始発は7:30、最終の祖納発は22:10とほぼ2時間おきの運行であり、利用しやすい。最終が祖納に戻ってくるのは23:10と、運行時間帯の幅の長さは大都市のバスに引けを取らないものだ。
起終点となるのは役場がある祖納で、西部の久部良、南部の比川を周回してまた祖納に戻ってくるという、テニスラケット状の経路となる(テニスラケットの持ち手が祖納、柄の付け根が与那国空港)。時間帯により久部良先回りと比川先回りが分かれ、それぞれ「久部良回り」「比川回り」と呼び分けられる。なお、比川回りが6本、久部良回りは夕方以降の3本であり、比川回りの方が本数が多い。このほか、祖納8:22→空港8:28着の区間運行が1本のみ存在し、与那国空港9:00発のRAC石垣行き始発に接続している。
そしてこのバス、なんと驚くことに無料である。以前は「ヨナグニ交通」という会社が運営しており、もちろん有料だったのであるが、この会社が行政処分を受け、2007年に事業を停止したのを受け、町営となったのを機に運賃無料となった。そののち、2008年に町から最西端観光(株)へ運行が委託されるようになった際に運行時間帯の拡大・増便、車椅子利用にも対応した新車(日野ポンチョ・ショート)の導入と、サービスの向上が図られた。
なぜ運賃無料という思い切った措置がとられたのかと言えば、タクシー・運転代行業者の不足・営業時間短縮と、それに伴う飲酒運転の防止という側面があるだろう。
与那国島のタクシー(バスと同じ最西端観光)は、2018年から8:30〜18:00までの営業となっており、夜間営業を取りやめている。もともと与那国町内のタクシーは最大3台までの稼働であり、しかも貸切バスの予約が入ったりするとその分タクシーが減ることになり、体制は十分ではなかった。利用があるかどうかわからないタクシーのために、ドライバーを待機させておく不合理もあっただろう。
タクシーの夜間営業取りやめを受け、運転代行業者が20〜24時で営業するようになったそうだが、それでもやはり十分とはいえず、タクシーの不足が飲酒運転を誘発させる可能性もあった。
そこで、バスを運賃無料かつ23時過ぎまでの運行とすることで、タクシー不足と飲酒運転防止という、二つの課題をいっぺんに解決する、一石二鳥の策が採られたというわけだ。
詳しくは後段で述べるが、今回、21時過ぎの久部良港→祖納行きのバスを利用してみた。すると、漁港があり居酒屋さんが集積する久部良港周辺から祖納へと戻る、居酒屋帰りの与那国町民が15人ほどバス停で待っていた。与那国町民にも「酒を飲んだらバスに乗る」習慣が根付いているようで、町の狙いは奏功していると言えよう。
なお、このバスは道路運送法に基づく乗合バスではなく、あくまで路線バスとは言えず、貸切バスの扱いであり、旅館やショッピングセンターの送迎車などと同じなので、運賃の収受をしていないというわけだ。
このため、与那国町生活路線バスは「最西端の路線バス」としては扱われず、道路運送法に基づくバスとしては最西端となる西表島交通がこの座を占めることも多い。しかしながら、停留所の位置が決められており、停留所以外での乗り降りはできないこと、毎日同じ時刻で運行されていることなど、運賃を収受しない以外は路線バスと同等の存在である。実態としては、与那国町生活路線バスこそが我が国における最西端のバスと言えるのではないかと思う。
最西端観光はヨナグニ交通と違い貸切専業であったため、もともと「一般乗合旅客自動車運送事業」の許可を取得していない。新規参入となると色々と制約が大きい上、許可申請には那覇の陸運局まで出張したり、停留所の道路占用許可を得たりと、様々なコストがのしかかってくる。この手間を省くのと、町政の課題を解決するのとで、運賃無料のバスが誕生したと言えるだろう。
その興味深い与那国町生活路線バスの実態に触れるべく、ゴールデンウィーク最後の2日間で、与那国島を訪れることとした。
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最果てへ飛ぶ鶴丸のプロペラ機